ガタピシいってけつかる
2004年5月28日ぎゃあああああ!
朝起きると、動けない。少しでも動くと、全身に激痛が走る。
そうです、昨日のテニスのせいで全身筋肉痛。
右手、両足、腰、肩が猛烈に痛い!!!
これじゃあ何もできないよって、ひたすら読書して、「職業としての学問」2回目を読んでしまった。やっぱり、難しい本でも2回読めば理解は格段に違う。よし、急がば回れ。これからは量より質だ。良いと思った本は2回以上繰り返して読むことにしよう。
今日はとてもいい天気で、風は強いけどそれが逆に心地よくて、ずっと窓をあけて風にあたってた。
でも、数日間は体がこんなんで動けないなあ^^;
友達から電話がかかって、今近くのビデオ屋にいるから出てきてって言われたのに、体が痛すぎて断念してしまった^^;ごめんちょ。ペコリ(o_ _)o))
次テニスクラブ行くときまでには筋肉痛治っておいてくれよ〜(>▽<;;
朝起きると、動けない。少しでも動くと、全身に激痛が走る。
そうです、昨日のテニスのせいで全身筋肉痛。
右手、両足、腰、肩が猛烈に痛い!!!
これじゃあ何もできないよって、ひたすら読書して、「職業としての学問」2回目を読んでしまった。やっぱり、難しい本でも2回読めば理解は格段に違う。よし、急がば回れ。これからは量より質だ。良いと思った本は2回以上繰り返して読むことにしよう。
今日はとてもいい天気で、風は強いけどそれが逆に心地よくて、ずっと窓をあけて風にあたってた。
でも、数日間は体がこんなんで動けないなあ^^;
友達から電話がかかって、今近くのビデオ屋にいるから出てきてって言われたのに、体が痛すぎて断念してしまった^^;ごめんちょ。ペコリ(o_ _)o))
次テニスクラブ行くときまでには筋肉痛治っておいてくれよ〜(>▽<;;
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映画 『アヴァロン Avalon』
2004年5月28日 映画〔邦画〕
DVD バンダイビジュアル 2001/07/25 ¥5,040
押井守が『Ghost in the Shell/攻殻機動隊』以来の沈黙を破って監督した実写映画。全編をポーランドでロケーション撮影し、それをデジタル画像処理システム・ドミノで加工。現実世界と仮想空間を描写してみせた、実験的な意欲作。少なくとも、押井守の実写作品の中では一番良い出来だと思う。間違えてはならないのは、押井は、アニメの巨匠であって、実写の巨匠ではないということ。実写の製作演出に当たって、押井は経験を培ってきたわけでいない。1人の映画青年的な視点での製作にとどまっているのではないだろうか。アニメ的な演出を実写に用いたところで、うまくいくものではないことは押井も重々承知しているだろうが、押井がアニメ的な演出技術しか、手段を持っていないのであれば、いくらそれを排除しようとしたところで、無意識的にもアニメ的な見せ方に傾いてしまうところは否めない。だから、押井の実写に対して、彼のアニメと同等の期待を持って評価するのは酷というものである。今の時点では、我々が持つべき押井の実写に対する姿勢は成長を期待する親のそれであるに留めて置くべきではないか。もし、現時点の彼の実写を評価するのなら、僕は技術的演出的なものではなく、ストーリーに対する彼の思想のみを対象としたい。一作ごとに成長の兆しは感じられるのだから、その技術においてアニメからひとり立ちする可能性は充分にあるはずだ。
非合法の仮想戦闘体感ゲーム「Avalon」の蔓延する、荒れ果てた近未来。かつての仲間だったスタンナからフィールド・クラスAに現れるという隠れキャラ・ゴーストの存在を知るアッシュ。ゴーストこそが、獲得できる経験値も法外なクラスSAに通じるゲートだというが、ゴーストを追った者は例外なくロストしてしまう…。 そもそもは仕事がない時期、ゲームに明け暮れていた押井監督が「パチンコで金は稼げるのに、なんでゲームは稼げないのだろう?」と考え、ゲーム・プレイヤーを主人公にした映画を構想したことがきっかけで誕生した作品。「デジタルの地平で、すべての映画はアニメになる」とは、この作品を象徴する押井監督の言葉。
待ってて!!コイサンマン!!
2004年5月27日 テニス今日は待ちに待ったり、テニスクラブ。
しっかり朝起きていってきましたよ〜☆ミ”
行きがけに、僕がいってた某公務員学校の前を通ると、クラスメイトだったH君と遭遇!
彼は今だ公務員学校でしっかり勉強してるのに、僕ときたら、テニスクラブなんて(^▽^ けけけ
彼にも、やっぱり少し太った?みたいにいわれたので、ここぞとばかりに体脂肪率をおみまいしてやったら、「成人病やん。。。」なんていったので、しっかり成人病未満だと訂正しておいた。
テニスクラブは室内で雨の日でも安心。でも今日は快晴だったけど。最初僕は初心者クラスで、3人の主婦の方と共にやってたのだけど、僕は経験者だからって、途中で初中級の方にまわされた。やっぱり平日の昼間ってことで、主の方々ばっかりで、辛うじて、中年のおじさんが1人、あとはみんな女性だった。そんな中僕は途中参加して、いきなり、練習開始。って、驚いたのなんの。実に4年ぶりのテニスのため、最初はボールがあらぬ方向にぶっ飛びまくり。頭の中に描いてたとおりに打球が飛んでくれないし、そのうちに速くも息切れして、足ガクガクしてきやがったし。疲労の表情など露だにも見せずに軽快な動きを見せている主婦の方々の中に1人、ドタドタドタと汗だらだらで必死の形相の僕。咽が燃えるようになって、ドロドロした血液がからだ中に循環してるのがよくわかった。あああ、脂肪が燃えている。いやあ、まったくほんとに、運動不足をいたいほど痛感。
でも、やってく間にだんだん感覚は取り戻していって、次第にちゃんと玉が入りだしてった。そうなると、やっぱりテニスは最高に楽しい!
休憩の間に何人かの主婦の方々と会話。娘さんがただいま公務員を目指しているという人もいた。(*^ー^)人(^ー^*) ナカマ!でもその人に、「ということは今は、親のすねかじりね」って言われちゃって、ハイ、そうでがす。とほほ(´ヘ`;) ハァ
何やかやでテニスクラブは80分で終了。うん、コーチもやさしいし、いい感じ。コーチの話によると、僕はしばらく初中級で感覚を取り戻して、その後中級とか考えるんだそうな。
練習後は、1人の主婦の人が持ってきたお菓子を食べながら、井戸端会議。に、なぜか僕とおじさん男性2人がちょっぴり浮きつつもなんとか参加。う〜む^^;
このテニスクラブで、今やってるフレンチオーオープンの優勝者予想をやっていた。僕も予想。男子はS・グロージャンで、女子はS・ウイリアムズ。女子は妥当なところだけど男子は自分の好きな選手選んだから、予想としては大穴みたいな感じかな?当たった人にはなにか商品が用意されているそうだけど、なんだろなあ☆ミ”
とまあ、色々あって、ものすごく疲れたけど、とっても充実した時間をすごせたし。やっぱり僕はなにか運動してないと駄目みたい。セロトニンもバンバン出たって感じで、今日は一日調子が良かった。ヽ(^−^)ノ 万歳!
しっかり朝起きていってきましたよ〜☆ミ”
行きがけに、僕がいってた某公務員学校の前を通ると、クラスメイトだったH君と遭遇!
彼は今だ公務員学校でしっかり勉強してるのに、僕ときたら、テニスクラブなんて(^▽^ けけけ
彼にも、やっぱり少し太った?みたいにいわれたので、ここぞとばかりに体脂肪率をおみまいしてやったら、「成人病やん。。。」なんていったので、しっかり成人病未満だと訂正しておいた。
テニスクラブは室内で雨の日でも安心。でも今日は快晴だったけど。最初僕は初心者クラスで、3人の主婦の方と共にやってたのだけど、僕は経験者だからって、途中で初中級の方にまわされた。やっぱり平日の昼間ってことで、主の方々ばっかりで、辛うじて、中年のおじさんが1人、あとはみんな女性だった。そんな中僕は途中参加して、いきなり、練習開始。って、驚いたのなんの。実に4年ぶりのテニスのため、最初はボールがあらぬ方向にぶっ飛びまくり。頭の中に描いてたとおりに打球が飛んでくれないし、そのうちに速くも息切れして、足ガクガクしてきやがったし。疲労の表情など露だにも見せずに軽快な動きを見せている主婦の方々の中に1人、ドタドタドタと汗だらだらで必死の形相の僕。咽が燃えるようになって、ドロドロした血液がからだ中に循環してるのがよくわかった。あああ、脂肪が燃えている。いやあ、まったくほんとに、運動不足をいたいほど痛感。
でも、やってく間にだんだん感覚は取り戻していって、次第にちゃんと玉が入りだしてった。そうなると、やっぱりテニスは最高に楽しい!
休憩の間に何人かの主婦の方々と会話。娘さんがただいま公務員を目指しているという人もいた。(*^ー^)人(^ー^*) ナカマ!でもその人に、「ということは今は、親のすねかじりね」って言われちゃって、ハイ、そうでがす。とほほ(´ヘ`;) ハァ
何やかやでテニスクラブは80分で終了。うん、コーチもやさしいし、いい感じ。コーチの話によると、僕はしばらく初中級で感覚を取り戻して、その後中級とか考えるんだそうな。
練習後は、1人の主婦の人が持ってきたお菓子を食べながら、井戸端会議。に、なぜか僕とおじさん男性2人がちょっぴり浮きつつもなんとか参加。う〜む^^;
このテニスクラブで、今やってるフレンチオーオープンの優勝者予想をやっていた。僕も予想。男子はS・グロージャンで、女子はS・ウイリアムズ。女子は妥当なところだけど男子は自分の好きな選手選んだから、予想としては大穴みたいな感じかな?当たった人にはなにか商品が用意されているそうだけど、なんだろなあ☆ミ”
とまあ、色々あって、ものすごく疲れたけど、とっても充実した時間をすごせたし。やっぱり僕はなにか運動してないと駄目みたい。セロトニンもバンバン出たって感じで、今日は一日調子が良かった。ヽ(^−^)ノ 万歳!
映画 『愛を乞う人』
2004年5月27日 映画〔邦画〕
VHS 東宝ビデオ 2000/06/21 ¥6,300
娯楽映画を撮ることに関しては共に定評のある監督平山秀幸と、脚本鄭義信とがタッグを組んだ強力作。今や特別に珍しい問題でもなくなってしまった「娘を愛せない母親」と「それでも母の愛を求める娘」の壮絶な関係の物語である。何より1人2役の難事に挑んだ原田美枝子の熱演が圧倒的で、実際、数々の賞に輝くなど高い評価を受けた。父の骨を探していくシーンは、ドキュメントタッチで、映画の流れに馴染んでいないような感じを受けたが、全体的にみるとやはり完成度の高い作品だろう。なにより、脚本が素晴らしい。床屋での母親との邂逅から、帰途のバスの中で自分の娘を交わした会話に至る過程の緊迫感とその弛緩がいいようのない感動を与えてくれる。娘の発してくれた一言。たった一言が、これほどの重みを持って心に迫ってくるとは。言葉の力というものを実感せずにはいられない。
観ごたえ十分の内容で、ほかにも思わず引き込まれるシーンは多い。例えば、長じてからも「作り笑いする癖がある」以外にトラウマが何もないように見える娘の静けさは、ヒステリックな母の虐待よりはるかに不気味で恐ろしい。劇中あえて曖昧にされている彼女の家が母子家庭だった理由には、かえって興味がそそられる。緊張と解放とが激しく交錯するクライマックスは邦画の歴史に残るだろう。
読書 『職業としての学問』
2004年5月26日 読書
ISBN:4003420950 文庫 尾高 邦雄 岩波書店 1980/01 ¥378
学問とは、この世の真理をつまびらかにしてくれるわけではない。なぜなら、この世が存在するに足るものかという前提において、学問は何らの解答も用意できないからである。ならば現在において、学問とはどのような意味を持っているのか。なんてことをね。トルストイの人生の解釈が大変興味深かった。
第1次大戦後の混迷のドイツ。青年たちは事実のかわりに世界観を、認識のかわりに体験を、教師のかわりに指導者を欲した。学問と政策の峻別を説くこの名高い講演で、ウェーバー(1864‐1920)はこうした風潮を鍛えらるべき弱さだと批判し、「日々の仕事(ザッヘ)に帰れ」と彼らを叱咤する。それは聴衆に「脅かすような」印象を与えたという。いみじくも学問を志そうと欲するものは、何かの理想を思い描いてる暇があればザッヘ(仕事)へ帰れ!公務員試験を目指してる奴は受かりたいと思う暇があれば、勉強をがむしゃらにしろということですね。ギャフンミ(ノ;_ _)ノ =3 バタン
学問とは、この世の真理をつまびらかにしてくれるわけではない。なぜなら、この世が存在するに足るものかという前提において、学問は何らの解答も用意できないからである。ならば現在において、学問とはどのような意味を持っているのか。なんてことをね。トルストイの人生の解釈が大変興味深かった。
映画 『あゝひめゆりの塔』
2004年5月26日 映画〔邦画〕
DVD 日活 2000/07/19 ¥4,935
もっとも醜悪で理不尽な戦争の悲劇とは、まことに彼女たちの運命に象徴される。迫真の演技は縁起を超えて真実の悲しみを届けてくれるものである。僕たちはこの悲しみをスクリーンの中だけにとどめておかなければならない。
太平洋戦争末期の沖縄本島で臨時看護婦部隊として従軍し、壮絶な玉砕を遂げた、沖縄師範学校の女子生徒たち。この通称「ひめゆり部隊」の乙女たちの悲劇的な最期を描いた戦争映画である。冒頭とラストには68年当時の若者風俗をおり込み、そこから戦時中を回想していく構成になっている。吉永小百合が出ているからといって勝手に詩的な悲しみで描かれているのだろうなどと決めつけていた僕はラストに向かうに連れてあらわれだす徹底的な生のリアリズムに打ちのめされた。
吉永小百合や和泉雅子など、時の日活青春映画スターを総動員していることもあり、叙情的描写が印象的だ。その一方で、戦闘シーンになるとダイナミックな迫力がひときわ目につく。のちに『トラ・トラ・トラ!』や『二百三高地』など、戦争大作の第一人者となるアクション派、舛田利雄監督ならではの持ち味だろう。
なお、ひめゆり部隊を主題とした映画は、53年『ひめゆりの塔』以来、本作を含め62年、82年、95年にも製作されている。
もっとも醜悪で理不尽な戦争の悲劇とは、まことに彼女たちの運命に象徴される。迫真の演技は縁起を超えて真実の悲しみを届けてくれるものである。僕たちはこの悲しみをスクリーンの中だけにとどめておかなければならない。
たかが肥満。されど肥満。
2004年5月25日ぬおお!!
夜11時に寝て朝の6時に起きるというものすごい規則正しい生活をしている(゜□゜;) ギョェ!
なんていってもまだ2日目だけどね( ̄ー+ ̄)キラーン
今日は延び放題に伸びた髪の毛を切りに街に行く。テニスのガットもついでに張りなおすのでラケットも持っていく。
僕はアトピーなので、あんまり髪の毛が伸びるとちらちら皮膚に当たって痒くなるし、うっとうしいので、家ではずっとタオルを巻いていたんだけど、タオルを巻いてると、髪の毛が変なところで分かれちゃって、長髪の七三みたいになってしまって、非常に見栄えが良くないので外に出るときも常に帽子を被っている。
それにしても、僕は短い方が好きなのだけど、親以外のほうぼうの人達が僕は髪の毛が長い方がいいなんておっしゃるので、この世に生を受けてから始めてといっていいほどの長さまで伸ばしていたんだけど、やっぱり、うっとうしいのとアトピーで痒いのと、そして明後日からテニス始めるので、思いきってばっさり切ってもらうことにした。
床屋のチーフは、僕の中学時代の同級生で、通称タコっていうんだけど、彼に、思いっきり短くしてくれっていったら、もったいないって名残惜しそうだった。まあ、何はともあれ、切ってもらうとなんだか非常に頭が軽くなったような感じがして気持が言い。だけど、鏡を見て驚愕! ここ数ヵ月で激ぶとりの僕。髪を切ると、さらに顔が膨らんで見えるという事実を忘れておった!!う〜ん、我ながらカッコ悪い(苦笑)
でも、まあいっか。。。テニス仕出したら痩せてくだろうし。。ヾ(;´▽`A``アセアセ
あんまり髪型が面白かったので、自虐的なギャグに走り、友達にシャメで送ってみると、悲しみの顔が返ってきて想像通りのリアクションに、アンニュイな満足感を得る。
さて、次はガット(テニスのアミのこと)張りだ〜って、スポーツ店に行ってガットを物色。安く済ませるつもりだたのが、ムクムクとテニスへの欲求が蘇ってきて、ついついミーハーにもプロ使用の(しかも大好きな、ファン・カルロス・フェレーロ!)のガットを選んでしまって少々高くつく。そして、ウェアと靴下も購入。これでもう準備万端だ。
明後日が待ちどおしくて堪らない。ああ〜。
ちなみにウェアは僕はMサイズなのだけど、帰って着てみたら、またもや太ったせいでぴちぴちだった^^;痩せなければ。。。
夜11時に寝て朝の6時に起きるというものすごい規則正しい生活をしている(゜□゜;) ギョェ!
なんていってもまだ2日目だけどね( ̄ー+ ̄)キラーン
今日は延び放題に伸びた髪の毛を切りに街に行く。テニスのガットもついでに張りなおすのでラケットも持っていく。
僕はアトピーなので、あんまり髪の毛が伸びるとちらちら皮膚に当たって痒くなるし、うっとうしいので、家ではずっとタオルを巻いていたんだけど、タオルを巻いてると、髪の毛が変なところで分かれちゃって、長髪の七三みたいになってしまって、非常に見栄えが良くないので外に出るときも常に帽子を被っている。
それにしても、僕は短い方が好きなのだけど、親以外のほうぼうの人達が僕は髪の毛が長い方がいいなんておっしゃるので、この世に生を受けてから始めてといっていいほどの長さまで伸ばしていたんだけど、やっぱり、うっとうしいのとアトピーで痒いのと、そして明後日からテニス始めるので、思いきってばっさり切ってもらうことにした。
床屋のチーフは、僕の中学時代の同級生で、通称タコっていうんだけど、彼に、思いっきり短くしてくれっていったら、もったいないって名残惜しそうだった。まあ、何はともあれ、切ってもらうとなんだか非常に頭が軽くなったような感じがして気持が言い。だけど、鏡を見て驚愕! ここ数ヵ月で激ぶとりの僕。髪を切ると、さらに顔が膨らんで見えるという事実を忘れておった!!う〜ん、我ながらカッコ悪い(苦笑)
でも、まあいっか。。。テニス仕出したら痩せてくだろうし。。ヾ(;´▽`A``アセアセ
あんまり髪型が面白かったので、自虐的なギャグに走り、友達にシャメで送ってみると、悲しみの顔が返ってきて想像通りのリアクションに、アンニュイな満足感を得る。
さて、次はガット(テニスのアミのこと)張りだ〜って、スポーツ店に行ってガットを物色。安く済ませるつもりだたのが、ムクムクとテニスへの欲求が蘇ってきて、ついついミーハーにもプロ使用の(しかも大好きな、ファン・カルロス・フェレーロ!)のガットを選んでしまって少々高くつく。そして、ウェアと靴下も購入。これでもう準備万端だ。
明後日が待ちどおしくて堪らない。ああ〜。
ちなみにウェアは僕はMサイズなのだけど、帰って着てみたら、またもや太ったせいでぴちぴちだった^^;痩せなければ。。。
映画 『アンナと王様 』
2004年5月25日 映画〔洋画〕
DVD 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン 2004/01/23 ¥2,090
名作なれど、この話が僕はあんまり好きくないので、観てる間すこうし退屈してしまった^^;
ミュージカル映画の名作『王様と私』のリメイク作品である。シャム国王に香港俳優チョウ・ユンファ、その英語教師アンナにジョディ・フォスターが扮した。実は実は僕、ジョディ・フォスターが大好きだったりする。知的だから。とまあ、そんなことは置いといて、かの名作ミュージカルのリメイクってもミュージカルではないけど。王様が尊大なのは相変わらず腹が立つ(笑)
未亡人のアンナは、シャム国王から依頼され、王子たちに英語や西欧のことを教える家庭教師としてバンコクを訪れる。王を神のように崇めるシャムについての知識がほとんどないアンナは、初対面の王とわたり合う気の強さを見せる。しかし、なぜだか王は、そんな彼女に好感をもつ。
豪華な王宮のセット、チェンマイで織られた生地を用いた色彩豊かな衣装が見物だ。それぞれ華がありながらもストイックなムードをもつ、2人の役者も適役。ちなみにアンナは、19世紀イギリスの実在の人物である。監督は『エバー・アフター』のアンディ・テナント。
名作なれど、この話が僕はあんまり好きくないので、観てる間すこうし退屈してしまった^^;
実に4年ぶりのテニスクラブ入会
2004年5月24日昨日ほぼ一日中寝てたら、いつのまにか生活習慣が戻ったので、なんだか体中にエネルギーが満ち溢れてるような感じがして、いつもより少々アクティブに活動した。部屋の掃除に、読書に、勉強。うーん健康的だ。
でも、一つ足りないことが、そうだ運動!
引きこもってブタになっていってる僕にみかねて、母親がテニスクラブに入れとパンフを取っておいてくれてたから、早速電話して、予約しておいた。実に久しぶりのテニス。わくわく。楽しみでしょうがない。
明日は伸びに伸びた髪を切って、テニスウェア買ったりガットはったりしてこよう。
題して、引きこもり脱出&ダイエット大作戦。なんちゃって。
適度に運動し照った方が、ストレスもたまらず健康的で、勉強にも身が入ると思われ。
とりあえず木曜日、無料レッスン行ってきます((((((((((ヾ( ^-^)ゞ♪
でも、一つ足りないことが、そうだ運動!
引きこもってブタになっていってる僕にみかねて、母親がテニスクラブに入れとパンフを取っておいてくれてたから、早速電話して、予約しておいた。実に久しぶりのテニス。わくわく。楽しみでしょうがない。
明日は伸びに伸びた髪を切って、テニスウェア買ったりガットはったりしてこよう。
題して、引きこもり脱出&ダイエット大作戦。なんちゃって。
適度に運動し照った方が、ストレスもたまらず健康的で、勉強にも身が入ると思われ。
とりあえず木曜日、無料レッスン行ってきます((((((((((ヾ( ^-^)ゞ♪
映画 『アンナ・カレーニナ』(97年)
2004年5月24日 映画〔洋画〕
DVD ジェネオン エンタテインメント 2002/01/25 ¥4,935
ロマノフ王朝時代の帝政ロシア。貴夫人アンナ・カレーニナ(ソフィー・マルソー)は、近衛連隊の青年将校ウロンスキー(ショーン・ビーン)と知り合い、激しい恋に落ちた末に夫(ジェームズ・フォックス)も子どもも捨ててしまうが、その許されない道行きの果てに彼女を待ち受けていたものは……。アンナ・カレーニナがまさか、あんな彼になあ。。。(3点)w。愛情という奴はどうしてこうも人をヒステリックにしてしまうのだろう。これも原作読んでからみた。映画としては申し分なかったように思う。ああ、悲痛だ悲痛だ。運命たるや。。。
これまで幾度となく映画化されてきたロシアの文豪トルストイの名作を『ベートーベン 不滅の恋』のバーナード・ローズ監督がイギリスとアメリカの合作で挑戦。チャイコフスキーの名曲を全編効果的にちりばめつつ、華麗で壮大な愛の悲劇がコンパクトにまとめられている。S・マルソーが次第に狂気を帯びていくかのようなヒロインを大熱演。風景を活かしたダリン・オカダによる撮影も実に壮麗である。
男らしく、女らしくではなく、人間らしくあればよい。
2004年5月23日 僕の思ったこと以前にも紹介したが、メンズリブという活動がある。
いわいるウーマンリブの男性版。「男性解放」である。
こういった運動がうまれた背景に、ドメスティックバイオレンス(以後DVと表記)がある。DVをするに至る多くの男性が、この社会の、世間の無自覚に形成されてきた価値観という枷をはめられ苦しんでいる。それは、男はこうでなければならない、または夫はこうでなければならないといった見えざるプレッシャーである。
DVは、親から良い子を求められた子供が突然切れる状況と似ている。
この運動は男性らしさという社会の価値観の規制、例えば、男は泣いてはいけない、愚痴をこぼしてはいけない、良き夫を務め続けなければならない、などから男性を開放させることにより、障害の回復を図っている。実際、多くのDV患者が、この会に入ることにより、心の枷を取り去り、DVを克服している。
男性の解放なるものが最近話題になりだしたからといって、それが現在に特有の問題であるとはいいきれない。僕は以前から、変わらずに存在していたと考えている。
ただ、男性の昔なら看過されていた暴力が、看過され得ないくらいに女性の社会的地位が浮上してきた結果、その原因を探っていくと実は男性も社会の価値観の抑圧に苦しめられていたという問題が顕在化してきたということなのだろう。つまりは、男性の解放が、ひいては女性の更なる地位向上を促す鍵になっているともいえる。
そして、それは、男性と女性の役割分担が曖昧化してきている時代の要請でもあるだろう。つまり、男性は肉体労働にで、女性は家を守るという構図が、現在では、通用しなくなっているのである。第3次産業全盛の現代において、社会的な男女の格差は(未だに厳然としてあるが)、以前に比べれば各段に好転してきている。男性は攻撃的である必要はなくなり、女性は保守的である必要もなくなってきた。そういう意味で、女性と男性の区別すらももはや以前ほど明確ではないのである。この場合、僕がいっている男女の区別とは、生物学的な意味においてのセックスのことではなく、当然、社会的、文化的な意味においてのジェンダーである。しかし、そういった時代の要請にもかかわらず、価値観は未だに旧態依然としたものであるがゆえに、引き起こされる問題のいち断片として、このDVという問題もあるのである。
さて、僕がここで提起したいのは、DVのことではなく、その根源的な問題としてのジェンダーである。男性らしさ、女性らしさといった社会的形成物に対して、僕は甚だ懐疑的なのだ。例えば個性尊重を訴える者が、ジェンダーに対して、敷居を設けた場合、僕はそこに欺瞞を感じずにはいられない。もちろんジェンダーのうちにも社会的にまだ峻別する必然性を持ったものはある。しかし、その他の部分についての区別に果たして何らの意味があるのか?それは個性の否定となんの違いがあるのだろう?セックス(体格)に男女違いがあるのは当然である。だが、その精神において、男女はさほどの違いがあるものなのか?
仕種やものの言い方などの部分のジェンダーはある程度男女間の区別もあるだろう(僕はこれもさほど必要だとは思わないが)。しかしもっと根源的な精神において、例えば、涙もろい男性、しおらしい男性、たくましい女性、そのような個々の違いがあってもそれは当然ではないのか。人間的に精神が弱い強いというのはあるだろう。しかし精神(根源的な)における男らしさとは、女らしさとはいったいなんなのか?
現代においてそんなものの区別はありはしないのではないだろうか。
「みっともない」や「情けない」などの言葉を使う場合注意しなければならないのは、それが根源的なジェンダーの差別に拠るものなのか、ひとりの人間としてみた場合によるものなのかということである。前者であるなら、それは今まで述べてきたことから、僕は承服できない。後者であるなら、それが人間としての社会的価値観の必要性を勘案した上で、まだ、許容できる余地がある。
「雄雄しい」を辞書で調べると、男らしい、勇ましい、健気だ、という意味らしい。一方「女々しい」は柔弱である、いくじがない、未練がましいとある。
このように、「女々しい」という言葉を男性に使う場合にしても、既にして、男尊女卑的な社会的な概念の縛りが含まれていることを忘れてはならない。
まあ、いわいるひとつの、ジェンダーフリー。
いわいるウーマンリブの男性版。「男性解放」である。
こういった運動がうまれた背景に、ドメスティックバイオレンス(以後DVと表記)がある。DVをするに至る多くの男性が、この社会の、世間の無自覚に形成されてきた価値観という枷をはめられ苦しんでいる。それは、男はこうでなければならない、または夫はこうでなければならないといった見えざるプレッシャーである。
DVは、親から良い子を求められた子供が突然切れる状況と似ている。
この運動は男性らしさという社会の価値観の規制、例えば、男は泣いてはいけない、愚痴をこぼしてはいけない、良き夫を務め続けなければならない、などから男性を開放させることにより、障害の回復を図っている。実際、多くのDV患者が、この会に入ることにより、心の枷を取り去り、DVを克服している。
男性の解放なるものが最近話題になりだしたからといって、それが現在に特有の問題であるとはいいきれない。僕は以前から、変わらずに存在していたと考えている。
ただ、男性の昔なら看過されていた暴力が、看過され得ないくらいに女性の社会的地位が浮上してきた結果、その原因を探っていくと実は男性も社会の価値観の抑圧に苦しめられていたという問題が顕在化してきたということなのだろう。つまりは、男性の解放が、ひいては女性の更なる地位向上を促す鍵になっているともいえる。
そして、それは、男性と女性の役割分担が曖昧化してきている時代の要請でもあるだろう。つまり、男性は肉体労働にで、女性は家を守るという構図が、現在では、通用しなくなっているのである。第3次産業全盛の現代において、社会的な男女の格差は(未だに厳然としてあるが)、以前に比べれば各段に好転してきている。男性は攻撃的である必要はなくなり、女性は保守的である必要もなくなってきた。そういう意味で、女性と男性の区別すらももはや以前ほど明確ではないのである。この場合、僕がいっている男女の区別とは、生物学的な意味においてのセックスのことではなく、当然、社会的、文化的な意味においてのジェンダーである。しかし、そういった時代の要請にもかかわらず、価値観は未だに旧態依然としたものであるがゆえに、引き起こされる問題のいち断片として、このDVという問題もあるのである。
さて、僕がここで提起したいのは、DVのことではなく、その根源的な問題としてのジェンダーである。男性らしさ、女性らしさといった社会的形成物に対して、僕は甚だ懐疑的なのだ。例えば個性尊重を訴える者が、ジェンダーに対して、敷居を設けた場合、僕はそこに欺瞞を感じずにはいられない。もちろんジェンダーのうちにも社会的にまだ峻別する必然性を持ったものはある。しかし、その他の部分についての区別に果たして何らの意味があるのか?それは個性の否定となんの違いがあるのだろう?セックス(体格)に男女違いがあるのは当然である。だが、その精神において、男女はさほどの違いがあるものなのか?
仕種やものの言い方などの部分のジェンダーはある程度男女間の区別もあるだろう(僕はこれもさほど必要だとは思わないが)。しかしもっと根源的な精神において、例えば、涙もろい男性、しおらしい男性、たくましい女性、そのような個々の違いがあってもそれは当然ではないのか。人間的に精神が弱い強いというのはあるだろう。しかし精神(根源的な)における男らしさとは、女らしさとはいったいなんなのか?
現代においてそんなものの区別はありはしないのではないだろうか。
「みっともない」や「情けない」などの言葉を使う場合注意しなければならないのは、それが根源的なジェンダーの差別に拠るものなのか、ひとりの人間としてみた場合によるものなのかということである。前者であるなら、それは今まで述べてきたことから、僕は承服できない。後者であるなら、それが人間としての社会的価値観の必要性を勘案した上で、まだ、許容できる余地がある。
「雄雄しい」を辞書で調べると、男らしい、勇ましい、健気だ、という意味らしい。一方「女々しい」は柔弱である、いくじがない、未練がましいとある。
このように、「女々しい」という言葉を男性に使う場合にしても、既にして、男尊女卑的な社会的な概念の縛りが含まれていることを忘れてはならない。
まあ、いわいるひとつの、ジェンダーフリー。
映画 『アンドレイ・ルブリョフ』
2004年5月23日 映画〔洋画〕
DVD アイ・ヴィー・シー 1998/10/25 ¥4,725
ロシア映画というのは沈うつな雰囲気を漂わせた作品が多い。それはロシアという国が負ってきた歴史の重さが作り出す風土にによるところが大きいと思う。ロシアに華やかなりしルネサンスはなかった。かわりにその鬱屈した精神が偉大な芸術の源泉となったのだ。ルブリョフのあたかも苦行のごとき生涯は、観る者にもまた苦行を強いるが、最後に鮮やかに映し出される彼の作品を前に我々は、旋律と共に歴史というものの永続性を再認識するのである。
アンドレイ・タルコフスキー監督による1966年の名作で、15世紀にロシアが生んだ不世出のイコン(聖像画)画家を描いた映画の完全版が遂にリリースされた(旧ソ連により公開を差し止められ、1971年まで日の目をみなかった)。『アンドレイ・ルブリョフ』は、傍観者として単に歴史を記録したものではなく、その中に身を置いた芸術家の責任をとことんまで突き詰め、さまざまな要素を絡めた物語に仕上がっている。ロシア映画の象徴的作品であり、美しく叙情的な白黒映像により調和と情感を描き出している。既に故人となった監督は追加で収められたインタビューの中で、それぞれの時代を生きる人々は、必ず自分自身の人生と向き合わなければならない、過去の出来事を単純に受け入れてはいけない、と語っている。Criterion Collectionシリーズには、本編のほかに多くの付録映像が含まれている。「努力すれば報われる」を実感する作品。選ぶとすれば、僕にとって間違いなく10指に含まれる。その大胆な歴史解釈がソ連当局から厳しい批判を受け、5年間上映禁止とされた。
ロシア映画というのは沈うつな雰囲気を漂わせた作品が多い。それはロシアという国が負ってきた歴史の重さが作り出す風土にによるところが大きいと思う。ロシアに華やかなりしルネサンスはなかった。かわりにその鬱屈した精神が偉大な芸術の源泉となったのだ。ルブリョフのあたかも苦行のごとき生涯は、観る者にもまた苦行を強いるが、最後に鮮やかに映し出される彼の作品を前に我々は、旋律と共に歴史というものの永続性を再認識するのである。
厄日!?
2004年5月22日朝、いつものように飯を食ってPCをつけて、ハーモニー(強迫のサイト)にひとり言を書いていたら、突然PCがフリーズして、それから何度起動してもネットが開けなくなった。
そのせいで、ハーモニーのメンバーの友達に迷惑をかけてしまった。(≧≦) ゴメンヨー!
意気消沈した僕は、ねっころがって読書しているうちに眠ってしまい、起きたら、もう午後の9時だった。さあて映画の残り一本を観てしまおうと思っていたら、母親が、「あんたまだ返してきてないん!?」なんてきいてきたので、返却予定日を見てみると、なんと昨日だった(゜□゜;) ギョェ
ということは、既に延長料金を取られることになっるわけで、今からビデオ見たら、二日分の延長料金を取られることになるじゃんか!
てことで一本は観ずに返却。
とほほ、なんだかついてない一日^^;
そのせいで、ハーモニーのメンバーの友達に迷惑をかけてしまった。(≧≦) ゴメンヨー!
意気消沈した僕は、ねっころがって読書しているうちに眠ってしまい、起きたら、もう午後の9時だった。さあて映画の残り一本を観てしまおうと思っていたら、母親が、「あんたまだ返してきてないん!?」なんてきいてきたので、返却予定日を見てみると、なんと昨日だった(゜□゜;) ギョェ
ということは、既に延長料金を取られることになっるわけで、今からビデオ見たら、二日分の延長料金を取られることになるじゃんか!
てことで一本は観ずに返却。
とほほ、なんだかついてない一日^^;
映画 『レ・ミゼラブル〜輝く光の中で〜』
2004年5月22日 映画〔洋画〕 コメント (2)
VHS ワーナー・ホーム・ビデオ 1997/11/21 ¥2,604
小説の映画化っていうと、その原作とどうしても比べてしまい、穿った見方をしてしまいがちだが、こういう脚色がなされれば、もう、ひとつのオリジナルといって良い。小説をそのまま映画化したものではないが、これもまた一つの「レ・ミゼラブル」である。
不覚にも涙を流してしまった(´Д⊂グスン
秀作!!
『男と女』のC・ルルーシュが、文豪ビクトル・ユゴーの名作を素材に、2つの世界大戦を生き抜いた人々の物語を描く。ゴールデン・グローブ最優秀外国語映画賞受賞。レ・ミゼラブルを近代に移し変えた作品。ジャンポール・ベルモントが、父、その息子のニ世代に渡って役を演じている。冤罪で捕まった父は脱獄のを試みるが失敗し命を落とし、父を救うべく母は身を売り弁護士代を稼いでいたが、父の死の知らせを聞き自ら命を絶つ。働いていた飲み屋の養子となった息子はボクシングで名を上げ、引退してからはその名を冠した運送屋を営む。人は彼をジャン・ヴァルジャンと呼び、彼はその人物に興味を持ったが、彼は文盲であった。第2次大戦時、ナチスの迫害から逃れるべくユダヤ一家が彼の運送業に引越しを依頼し、そのまま一家の逃亡に手を貸すことになる。その旅路で彼は一家に「レ・ミゼラブル」を朗読してもらい、やがて、ジャン・ヴァルジャンに憧れを持つようになる。そしてラスト、彼は本当にジャン・ヴァルジャンになる。
小説の映画化っていうと、その原作とどうしても比べてしまい、穿った見方をしてしまいがちだが、こういう脚色がなされれば、もう、ひとつのオリジナルといって良い。小説をそのまま映画化したものではないが、これもまた一つの「レ・ミゼラブル」である。
不覚にも涙を流してしまった(´Д⊂グスン
秀作!!
映画 『レ・ミゼラブル』(00年)
2004年5月21日 映画〔洋画〕
DVD キングレコード 2002/04/24 ¥4,935
しかしながら、やはり、その出来映えは見事というほかなく、それが短縮版であると無しとに関わらず(小説を読んだ僕でさえ短縮版であると最後まで気付かなかった)、小説を未見の人に勧める作品としても本作に如くは無い。
19世紀フランス初頭、一片のパンを盗んだ罪で投獄されていたジャン・バルジャンが釈放された。救いの手を差しのべてくれた司教の暖かい人柄に触れ、“善”の心を取り戻し、やがて実業家として成功するが…。2000年、フランスでTVシリーズとして製作された作品。ジェラール・ドパルデュー、ジョン・マルコヴィッチの2大名優の競演で贈る文豪ヴィクトル・ユーゴーの傑作。全4話を短縮した英語版“インターナショナル・バージョン”での収録。原作を読んでいる人ならわかると思うが、この作品の配役がもっともその雰囲気を継承している。とくに、マルコヴィッチのジャベル、そして、ドバルデューのジャン・ヴァルジャンは、小説そのままといっても過言ではない。2人の演技力によるところも大きい。脚本も素晴らしく、例えば、ヴァルジャンとジャベルをアウグストの作品では善と悪という対比で描いているのに対し、本作では、ヴァルジャンを憎しみに悩める一個の人間として、そして、ジャベルを善人ではあるが冷酷な法の遵奉者としているのが良い。小説のエッセンスをもっともわかりやすく、そして正しく見せているのは間違いなく本作である。惜しむらくは、これがテレビシリーズであり、半分の長さに短縮されていることであって、完全版の発売を強く望む。映画なら、古典にもなり得たであろう。
しかしながら、やはり、その出来映えは見事というほかなく、それが短縮版であると無しとに関わらず(小説を読んだ僕でさえ短縮版であると最後まで気付かなかった)、小説を未見の人に勧める作品としても本作に如くは無い。
映画 『レ・ミゼラブル』(98年)
2004年5月21日 映画〔洋画〕
DVD ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 1999/07/23 ¥3,990
後半は、かなり小説とは異なってくる。小説の精神を伝えることができるのであれば、それはそれで一向に構わない。ただ、この作品はそのせいでせっかくの雰囲気が台無しになってしまっている。というか、構成の矛盾が看過し得ないほどになっている。とくに最後、ジャベルの自殺の場面にヴァルジャンをいあわせたのは、それまでのストーリーを、ヴァルジャンの人間性を一度に無にしてしまうほどの致命的なミスといわざるを得ない。
一切れのパンを盗んだため19年間の投獄を余儀なくされた男の波乱に満ちた人生を描いた名作ドラマ。リーアム・ニーソン、ユマ・サーマン、クレア・デーンズほか出演。アウグストは好きな監督。あの『ペレ』や、『愛の風景』などでもわかるように文芸的な大作を得意としている。んで、この『レ・ミゼラブル』とくるわけなんだろうけど、やはり、この作品は彼にしても難物だったらしく、前半は良いが、後半からだんだんストーリーが破綻してくる。その小説のエピソードをすべて映画にするとものすごい時間を要するので、どう短く表現できるか、そしてどこの部分を映画に取りこみ映画から削除していくかが鍵となる。それはやはり脚本による部分が大きい。
後半は、かなり小説とは異なってくる。小説の精神を伝えることができるのであれば、それはそれで一向に構わない。ただ、この作品はそのせいでせっかくの雰囲気が台無しになってしまっている。というか、構成の矛盾が看過し得ないほどになっている。とくに最後、ジャベルの自殺の場面にヴァルジャンをいあわせたのは、それまでのストーリーを、ヴァルジャンの人間性を一度に無にしてしまうほどの致命的なミスといわざるを得ない。
映画 『レ・ミゼラブル』(57年)
2004年5月20日 映画〔洋画〕
DVD アイ・ヴィー・シー 2002/10/25 ¥6,090
これはその1本目。
ジャン・ギャバンの演技は確かに素晴らしいが、映画には映画の見せ方というものがあるはずであり、この作品は、小説の手法で映画をなぞっているだけのような感じがしてならなかった。描かれる登場人物の心象が詳細に描かれるのは、小説では、文章であり、映画では画面がその役目を果たすのは当然のこと。つまり、心象を言葉で説明し尽くすことは映画では不可能であるのだから、その部分を演技者が、そして演出が、そして添えられる音楽が補うわけである。それが映画の作法であり、映画を映画たらしめているところである。確かに小説の細かいエピソードまで再現しようという苦労は見られ、良く言えば小説に忠実であるが、レ・ミゼラブルの圧倒的なパワーを伝えるには、あまりにも小説的な映画であるといわざるを得ない。ゆえに心の内奥を揺さぶられるほどにはこの映画は小説を昇華しきれていない。
何度も映画化された同作の中でNo.1と賞されるジャン・ギャバン主演作。ジャン・バルジャンは一切れのパンを盗み投獄され、脱獄を企てたが故に刑期が延長。司教との出会いで罪を償った彼は、やがて人望を集める市長となるが、彼の過去を知る男が現れ…。小説を読んでしまったことを記念して、そして、さらに物語の記憶の定着させるべく、レ・ミの映画作品をあるだけ借りてきた。
これはその1本目。
ジャン・ギャバンの演技は確かに素晴らしいが、映画には映画の見せ方というものがあるはずであり、この作品は、小説の手法で映画をなぞっているだけのような感じがしてならなかった。描かれる登場人物の心象が詳細に描かれるのは、小説では、文章であり、映画では画面がその役目を果たすのは当然のこと。つまり、心象を言葉で説明し尽くすことは映画では不可能であるのだから、その部分を演技者が、そして演出が、そして添えられる音楽が補うわけである。それが映画の作法であり、映画を映画たらしめているところである。確かに小説の細かいエピソードまで再現しようという苦労は見られ、良く言えば小説に忠実であるが、レ・ミゼラブルの圧倒的なパワーを伝えるには、あまりにも小説的な映画であるといわざるを得ない。ゆえに心の内奥を揺さぶられるほどにはこの映画は小説を昇華しきれていない。
映画 『アンダーグラウンド』
2004年5月20日 映画〔洋画〕
DVD ジェネオン エンタテインメント 2001/07/21 ¥4,935
第二次世界大戦中、ドイツ軍に侵略されたセルビアの首都ベオグラードに住む武器商人のマルコは、レジスタンス活動を行うために市民を率いて地下に潜伏し、そこで武器を製造させて巨万の富を築きあげる。そして大戦が終結した後も、彼は市民にそのことを告げず、せっせと武器を作らせ続けていく…。娯楽映画としてみても、戦争映画としてみても一級品の傑作。シニカルな笑いの中にも、戦争の哀しみや悲惨さを感じさせ、作者のメッセージも充分に掴み取れるように作られているその手腕は、観る者にクストリッツァという名前を嫌がおうでも意識させるだろう。クストリッツァは天才というより奇才と呼ぶべきであり、その本人自身実に奇人である。それは、彼の作品を観ていけばわかることなのでここでは述べないが、何はともあれ様様な要素をこれだけ絶妙に料理してしまえる監督は現在そうはいない。面白おかしく悲劇を語る作品だからこそ、悲劇から目をそむける人々にも目を向けさせることができるという意味において、この作品の存在は貴重であり、それでけでも高い評価に値する。
サラエボ出身のエミール・クストリッツァ監督が、バルカン半島の情勢が緊迫する90年代半ばに作りあげ、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した問題作。シニカルで滑稽な作風のなか、哀しく愚かでありながらも生き続けていく人間への賛歌を露にしていく171分の力作でもある。クストリッツァ映画に欠かせないジプシー・バンドの音楽も効果的だ。
イボとり兄さん
2004年5月19日いーまーいまのお話です。
あるマンションに、お兄さんが住んでいました。
お兄さんは引きこもりで、日がな一日ごろごろとしていました。
ある日お兄さんは自分の右ホホに、イボができていることに気がつきました。
コロコロと触っているうちにそのイボは日ごと大きくなっていくのでした。
いつかは取れるだろうと思っていましたが、かれこれもう1ヵ月もとれません。
お兄さんは悩みました。
イボコロリを顔につけてはいけないし。。。このままイボがとれないままだったらどうしよう?
そのイボは、だんだん痛みも伴ってきたのです。
お兄さんの母親が言いました。
「切ったろか?」
お兄さんは、「切る」といった言葉に((;゜Д゜)ガクガクブルブル恐れをなしました。
まだ、「抜く」という言葉の方が痛くなさそうでした。
お兄さんは母親から切られる前に抜くことを決意しました。
えい!!お兄さんはイボを思いっきり引っ張りました。
激痛が走ります。ミシミシミシ、ブチブチ。イボは皮膚の皮もろとも抜かれました。
すると、ピュー。
真っ赤な鮮血が右ホホから迸り止まりません。痛い痛い痛い!
まるで火山の噴火です。ティッシュで抑えても止まりません。
お兄さんは母親にイボ抜いた。といいました。
母親が顔をゆがめ、「痛そ〜、切ったほうが痛くないのに」といいました。
お兄さんは、次イボができたら抜かずに切ろうと、思いました。
今は、リバテープがイボの変わりに右ホホにあるのでした。
そしてまた、お兄さんは何事もなかったかのように、引きこもり続けましたとさ。
あるマンションに、お兄さんが住んでいました。
お兄さんは引きこもりで、日がな一日ごろごろとしていました。
ある日お兄さんは自分の右ホホに、イボができていることに気がつきました。
コロコロと触っているうちにそのイボは日ごと大きくなっていくのでした。
いつかは取れるだろうと思っていましたが、かれこれもう1ヵ月もとれません。
お兄さんは悩みました。
イボコロリを顔につけてはいけないし。。。このままイボがとれないままだったらどうしよう?
そのイボは、だんだん痛みも伴ってきたのです。
お兄さんの母親が言いました。
「切ったろか?」
お兄さんは、「切る」といった言葉に((;゜Д゜)ガクガクブルブル恐れをなしました。
まだ、「抜く」という言葉の方が痛くなさそうでした。
お兄さんは母親から切られる前に抜くことを決意しました。
えい!!お兄さんはイボを思いっきり引っ張りました。
激痛が走ります。ミシミシミシ、ブチブチ。イボは皮膚の皮もろとも抜かれました。
すると、ピュー。
真っ赤な鮮血が右ホホから迸り止まりません。痛い痛い痛い!
まるで火山の噴火です。ティッシュで抑えても止まりません。
お兄さんは母親にイボ抜いた。といいました。
母親が顔をゆがめ、「痛そ〜、切ったほうが痛くないのに」といいました。
お兄さんは、次イボができたら抜かずに切ろうと、思いました。
今は、リバテープがイボの変わりに右ホホにあるのでした。
そしてまた、お兄さんは何事もなかったかのように、引きこもり続けましたとさ。
DVD アミューズソフト販売 1997/12/26 ¥3,990
美しいとは思う。だけど、デカダンって危険だ(笑)
こういうものは政治的な背景をしっかりと把握した上で、頭がしゃっきりしてる時にくり返し見るのがいいでしょう。寝ぼけ眼のいちげんさんに感想たれられちゃ、この作品もかわいそうだよね。ごめんなさい。
原題の「Il Conformista」は体制順応主義者の意。時は、ファシスト支配下のローマとパリ。若き哲学講師マルチェロは、13歳のとき、同性愛者に犯されそうになり彼を射殺してしまう。このトラウマから逃れるためにファシストとなったマルチェロは、ある日反ファシストであり、マルチェロの学生時代の恩師でもあるクアドリ教授暗殺の指令を受ける。久しぶりに教授に会ったマルチェロだったが、教授の若い妻アンナの美しさに徐々に惹かれ・・・。。ごめんなさい。大体の映画選集なんかで取り上げられている傑作中の傑作だけど、僕はわかりませんでした。
ドミニク・サンダ扮する金髪のアンナとステファニア・サンドレッリ扮する黒髪のジュリアのダンスホールのシーンでは、レズビアン的雰囲気漂う艶かしく官能的な美を表現した。また、真っ白い雪に覆われた森での暗殺シーンは息をのむほどの迫力。全編、華麗にして熱気にあふれた映像が続き、文句なしに「美しい」映画。『ラスト・エンペラー』『シャンドライの恋』のベルナルド・ベルトルッチの代表傑作だ。
美しいとは思う。だけど、デカダンって危険だ(笑)
こういうものは政治的な背景をしっかりと把握した上で、頭がしゃっきりしてる時にくり返し見るのがいいでしょう。寝ぼけ眼のいちげんさんに感想たれられちゃ、この作品もかわいそうだよね。ごめんなさい。