ウエイトトレーニングの先進国であるかのようにアメリカって見られてると思うんだけど、ウエイトがスポーツにとり入れられだしたのってそんなに昔のことじゃないんだよね。
とくにメジャーリーグは遅くて、1980年代に入ってから本格的にウエイトに取り組みだしたんだよ。
そしてその結果は一目瞭然だよね。
今やメジャーリーグは本塁打30本打つ程度じゃスラッガーとはいえなくなってる。
70本の本塁打を放った選手が近年二人も出てきたたわけで、打高投低の時代なんて言われているけど、ピッチャーの実力も上がってる。
ベーブルースの時代に比べて変化球の数が増えたし、今では時速160kを超える球を投げる選手が結構いる。
ただそれが目立たないのは、打者の技術がそれ以上に向上してるからなんだな。
そしてやはり、その向上っていうのはウエイトの恩恵を無視しては語れないんですよ。
もちろんウエイトの普及によって新たな問題も出てきたわけで、筋肉増強剤なんかもそのひとつではある。でも、これは、プロスポーツという競技の宿命で、ウエイトが重要視され出すと、こういった問題が噴出してくることは予想できたわけだから、ウエイトによる弊害ってより、そのことにちゃんとした対策をとっていない野球協会の責任だといえる。
さて、閑話休題。
現在のメジャーリーグの全選手がウエイトトレーニングをしてるなんてはずはないし、僕もいうつもりはない。
しかし、スラッガーといわれる、もしくは名プレイヤーと呼ばれている選手のほとんどは、ウエイトトレーニングを行っているという事実は知っといてもらいたい。
ちなみに、バリー・ボンズの趣味はウエイトトレーニングである。
ここで、ちょっとしたエピソード。
日米野球あったよね。そんときにまだ巨人にいた松井はサミー・ソーサと話したんだ。
そんときソーサは松井がまったくウエイトトレーニングをしないということを聞いて驚き、「それはいけない。是非ウエイトはやるべきだ」ってアドバイスをしたんだけど、結局松井はウエイトをやらなかった。
でっ、現在アメリカに渡って彼はこんなこと言ってるよね、「ここでは僕ぐらい飛ばす人なんてごまんといる。僕はここでは長距離バッターじゃありません」なんて。
これはやっぱり感覚の問題なんだろかな?彼がいろんな工夫して努力してるのはすごいと思うけど、どうしてその「努力」に筋力をつけるって工夫が含まれないのか?そういう考えにいたらないのか?僕には不思議なんだよね。
このことに気づいたのが現巨人の清原。彼もまた、日米野球でソーサを見たんだけど、そんとき彼はソーサの腕の太さに驚いて、自分の腕をさわり、これじゃあだめだと悟ったわけなんです。それからというもの清原はウエイトに重点をおきだして、今ではライトの看板に当たるホームランを打てるくらいまでのパワーを付けた。彼はこのことに気づいたのが全盛期を過ぎたころなので、これもまたカール・ルイスと同じく残念ではあるけど、現在結果を残しているので彼もウエイトの効果を実感してる。
そんな清原がある番組でこんなことを言っていた。「日本人は車にたとえると、タイヤを替えたりホイールを替えたりして速くなろうとするが、アメリカ人は車のエンジンそのものをとりかえることによりスピードアップを図る」
言い得て妙、だよね。
だから僕はこういいたいわけさ、「日本選手よ、エンジンを変えた上で、タイヤやホイールをかえてみてはどうですか?」と。
それをやって見事に成功している選手がいるじゃない。西部の松井と阪神の金本さん。この二人はウエイトトレーニングをとり入れることによってその成績を伸ばしているよね。とくに松井なんかは本塁打が30本に届いて盗塁とあわせて30・30を成し遂げられる選手になったよね。これなんかウエイトトレーニングしてなきゃまず無理やろうと思われるわけですよ。
ちょっと長くなったんで、ほんとは今回取り上げるはずだったメジャーリーガーたちのトレーニングプログラムは次回にするね。
とくにメジャーリーグは遅くて、1980年代に入ってから本格的にウエイトに取り組みだしたんだよ。
そしてその結果は一目瞭然だよね。
今やメジャーリーグは本塁打30本打つ程度じゃスラッガーとはいえなくなってる。
70本の本塁打を放った選手が近年二人も出てきたたわけで、打高投低の時代なんて言われているけど、ピッチャーの実力も上がってる。
ベーブルースの時代に比べて変化球の数が増えたし、今では時速160kを超える球を投げる選手が結構いる。
ただそれが目立たないのは、打者の技術がそれ以上に向上してるからなんだな。
そしてやはり、その向上っていうのはウエイトの恩恵を無視しては語れないんですよ。
もちろんウエイトの普及によって新たな問題も出てきたわけで、筋肉増強剤なんかもそのひとつではある。でも、これは、プロスポーツという競技の宿命で、ウエイトが重要視され出すと、こういった問題が噴出してくることは予想できたわけだから、ウエイトによる弊害ってより、そのことにちゃんとした対策をとっていない野球協会の責任だといえる。
さて、閑話休題。
現在のメジャーリーグの全選手がウエイトトレーニングをしてるなんてはずはないし、僕もいうつもりはない。
しかし、スラッガーといわれる、もしくは名プレイヤーと呼ばれている選手のほとんどは、ウエイトトレーニングを行っているという事実は知っといてもらいたい。
ちなみに、バリー・ボンズの趣味はウエイトトレーニングである。
ここで、ちょっとしたエピソード。
日米野球あったよね。そんときにまだ巨人にいた松井はサミー・ソーサと話したんだ。
そんときソーサは松井がまったくウエイトトレーニングをしないということを聞いて驚き、「それはいけない。是非ウエイトはやるべきだ」ってアドバイスをしたんだけど、結局松井はウエイトをやらなかった。
でっ、現在アメリカに渡って彼はこんなこと言ってるよね、「ここでは僕ぐらい飛ばす人なんてごまんといる。僕はここでは長距離バッターじゃありません」なんて。
これはやっぱり感覚の問題なんだろかな?彼がいろんな工夫して努力してるのはすごいと思うけど、どうしてその「努力」に筋力をつけるって工夫が含まれないのか?そういう考えにいたらないのか?僕には不思議なんだよね。
このことに気づいたのが現巨人の清原。彼もまた、日米野球でソーサを見たんだけど、そんとき彼はソーサの腕の太さに驚いて、自分の腕をさわり、これじゃあだめだと悟ったわけなんです。それからというもの清原はウエイトに重点をおきだして、今ではライトの看板に当たるホームランを打てるくらいまでのパワーを付けた。彼はこのことに気づいたのが全盛期を過ぎたころなので、これもまたカール・ルイスと同じく残念ではあるけど、現在結果を残しているので彼もウエイトの効果を実感してる。
そんな清原がある番組でこんなことを言っていた。「日本人は車にたとえると、タイヤを替えたりホイールを替えたりして速くなろうとするが、アメリカ人は車のエンジンそのものをとりかえることによりスピードアップを図る」
言い得て妙、だよね。
だから僕はこういいたいわけさ、「日本選手よ、エンジンを変えた上で、タイヤやホイールをかえてみてはどうですか?」と。
それをやって見事に成功している選手がいるじゃない。西部の松井と阪神の金本さん。この二人はウエイトトレーニングをとり入れることによってその成績を伸ばしているよね。とくに松井なんかは本塁打が30本に届いて盗塁とあわせて30・30を成し遂げられる選手になったよね。これなんかウエイトトレーニングしてなきゃまず無理やろうと思われるわけですよ。
ちょっと長くなったんで、ほんとは今回取り上げるはずだったメジャーリーガーたちのトレーニングプログラムは次回にするね。
日本的根性論とウエイトトレーニング (その8)
2003年9月1日 連載ウエイトトレーニングの先進国であるかのようにアメリカって見られてると思うんだけど、ウエイトがスポーツにとり入れられだしたのってそんなに昔のことじゃないんだよね。
とくにメジャーリーグは遅くて、1980年代に入ってから本格的にウエイトに取り組みだしたんだよ。
そしてその結果は一目瞭然だよね。
今やメジャーリーグは本塁打30本打つ程度じゃスラッガーとはいえなくなってる。
70本の本塁打を放った選手が近年二人も出てきたたわけで、打高投低の時代なんて言われているけど、ピッチャーの実力も上がってる。
ベーブルースの時代に比べて変化球の数が増えたし、今では時速160kを超える球を投げる選手が結構いる。
ただそれが目立たないのは、打者の技術がそれ以上に向上してるからなんだな。
そしてやはり、その向上っていうのはウエイトの恩恵を無視しては語れないんですよ。
もちろんウエイトの普及によって新たな問題も出てきたわけで、筋肉増強剤なんかもそのひとつではある。でも、これは、プロスポーツという競技の宿命で、ウエイトが重要視され出すと、こういった問題が噴出してくることは予想できたわけだから、ウエイトによる弊害ってより、そのことにちゃんとした対策をとっていない野球協会の責任だといえる。
さて、閑話休題。
現在のメジャーリーグの全選手がウエイトトレーニングをしてるなんてはずはないし、僕もいうつもりはない。
しかし、スラッガーといわれる、もしくは名プレイヤーと呼ばれている選手のほとんどは、ウエイトトレーニングを行っているという事実は知っといてもらいたい。
ちなみに、バリー・ボンズの趣味はウエイトトレーニングである。
ここで、ちょっとしたエピソード。
日米野球あったよね。そんときにまだ巨人にいた松井はサミー・ソーサと話したんだ。
そんときソーサは松井がまったくウエイトトレーニングをしないということを聞いて驚き、「それはいけない。是非ウエイトはやるべきだ」ってアドバイスをしたんだけど、結局松井はウエイトをやらなかった。
でっ、現在アメリカに渡って彼はこんなこと言ってるよね、「ここでは僕ぐらい飛ばす人なんてごまんといる。僕はここでは長距離バッターじゃありません」なんて。
これはやっぱり感覚の問題なんだろかな?彼がいろんな工夫して努力してるのはすごいと思うけど、どうしてその「努力」に筋力をつけるって工夫が含まれないのか?そういう考えにいたらないのか?僕には不思議なんだよね。
このことに気づいたのが現巨人の清原。彼もまた、日米野球でソーサを見たんだけど、そんとき彼はソーサの腕の太さに驚いて、自分の腕をさわり、これじゃあだめだと悟ったわけなんです。それからというもの清原はウエイトに重点をおきだして、今ではライトの看板に当たるホームランを打てるくらいまでのパワーを付けた。彼はこのことに気づいたのが全盛期を過ぎたころなので、これもまたカール・ルイスと同じく残念ではあるけど、現在結果を残しているので彼もウエイトの効果を実感してる。
そんな清原がある番組でこんなことを言っていた。「日本人は車にたとえると、タイヤを替えたりホイールを替えたりして速くなろうとするが、アメリカ人は車のエンジンそのものをとりかえることによりスピードアップを図る」
言い得て妙、だよね。
だから僕はこういいたいわけさ、「日本選手よ、エンジンを変えた上で、タイヤやホイールをかえてみてはどうですか?」と。
それをやって見事に成功している選手がいるじゃない。西部の松井と阪神の金本さん。この二人はウエイトトレーニングをとり入れることによってその成績を伸ばしているよね。とくに松井なんかは本塁打が30本に届いて盗塁とあわせて30・30を成し遂げられる選手になったよね。これなんかウエイトトレーニングしてなきゃまず無理やろうと思われるわけですよ。
ちょっと長くなったんで、ほんとは今回取り上げるはずだったメジャーリーガーたちのトレーニングプログラムは次回にするね。
とくにメジャーリーグは遅くて、1980年代に入ってから本格的にウエイトに取り組みだしたんだよ。
そしてその結果は一目瞭然だよね。
今やメジャーリーグは本塁打30本打つ程度じゃスラッガーとはいえなくなってる。
70本の本塁打を放った選手が近年二人も出てきたたわけで、打高投低の時代なんて言われているけど、ピッチャーの実力も上がってる。
ベーブルースの時代に比べて変化球の数が増えたし、今では時速160kを超える球を投げる選手が結構いる。
ただそれが目立たないのは、打者の技術がそれ以上に向上してるからなんだな。
そしてやはり、その向上っていうのはウエイトの恩恵を無視しては語れないんですよ。
もちろんウエイトの普及によって新たな問題も出てきたわけで、筋肉増強剤なんかもそのひとつではある。でも、これは、プロスポーツという競技の宿命で、ウエイトが重要視され出すと、こういった問題が噴出してくることは予想できたわけだから、ウエイトによる弊害ってより、そのことにちゃんとした対策をとっていない野球協会の責任だといえる。
さて、閑話休題。
現在のメジャーリーグの全選手がウエイトトレーニングをしてるなんてはずはないし、僕もいうつもりはない。
しかし、スラッガーといわれる、もしくは名プレイヤーと呼ばれている選手のほとんどは、ウエイトトレーニングを行っているという事実は知っといてもらいたい。
ちなみに、バリー・ボンズの趣味はウエイトトレーニングである。
ここで、ちょっとしたエピソード。
日米野球あったよね。そんときにまだ巨人にいた松井はサミー・ソーサと話したんだ。
そんときソーサは松井がまったくウエイトトレーニングをしないということを聞いて驚き、「それはいけない。是非ウエイトはやるべきだ」ってアドバイスをしたんだけど、結局松井はウエイトをやらなかった。
でっ、現在アメリカに渡って彼はこんなこと言ってるよね、「ここでは僕ぐらい飛ばす人なんてごまんといる。僕はここでは長距離バッターじゃありません」なんて。
これはやっぱり感覚の問題なんだろかな?彼がいろんな工夫して努力してるのはすごいと思うけど、どうしてその「努力」に筋力をつけるって工夫が含まれないのか?そういう考えにいたらないのか?僕には不思議なんだよね。
このことに気づいたのが現巨人の清原。彼もまた、日米野球でソーサを見たんだけど、そんとき彼はソーサの腕の太さに驚いて、自分の腕をさわり、これじゃあだめだと悟ったわけなんです。それからというもの清原はウエイトに重点をおきだして、今ではライトの看板に当たるホームランを打てるくらいまでのパワーを付けた。彼はこのことに気づいたのが全盛期を過ぎたころなので、これもまたカール・ルイスと同じく残念ではあるけど、現在結果を残しているので彼もウエイトの効果を実感してる。
そんな清原がある番組でこんなことを言っていた。「日本人は車にたとえると、タイヤを替えたりホイールを替えたりして速くなろうとするが、アメリカ人は車のエンジンそのものをとりかえることによりスピードアップを図る」
言い得て妙、だよね。
だから僕はこういいたいわけさ、「日本選手よ、エンジンを変えた上で、タイヤやホイールをかえてみてはどうですか?」と。
それをやって見事に成功している選手がいるじゃない。西部の松井と阪神の金本さん。この二人はウエイトトレーニングをとり入れることによってその成績を伸ばしているよね。とくに松井なんかは本塁打が30本に届いて盗塁とあわせて30・30を成し遂げられる選手になったよね。これなんかウエイトトレーニングしてなきゃまず無理やろうと思われるわけですよ。
ちょっと長くなったんで、ほんとは今回取り上げるはずだったメジャーリーガーたちのトレーニングプログラムは次回にするね。
標的→グレン・グールド♪ぴぴぴぴぴぴ
2003年8月31日 音楽いやー、最近グレン・グールドに興味シンシンですよ。
これ別にキムタクが聞いてるからなのではなく、別にピアノを興味を持ったからでもないの。
しからば何が僕を引き付けたのかっていうと、あんなに端正な顔立ちなのに偏屈で孤独で天才で狂人といわれていた人物だからなんだな。僕個性的な(奇人といわれるほどの)人って大好きなのよ。
それに東洋の文化や思想に憧れをもっていて、座右の書が夏目漱石の「草枕」で、勅使河原監督の大傑作「砂の女」を百何十回も観たってんだからありがとう。
愛国主義者の僕っちは親日のひと大好きなのよ。
さあということでグールドを知るにはやっぱりピアニストとしての彼を知っとかなきゃならんから今度CD購入しましょうかな。
こうやってグールドは僕の研究対象に登録されました。ぴっぴっぴ。
これ別にキムタクが聞いてるからなのではなく、別にピアノを興味を持ったからでもないの。
しからば何が僕を引き付けたのかっていうと、あんなに端正な顔立ちなのに偏屈で孤独で天才で狂人といわれていた人物だからなんだな。僕個性的な(奇人といわれるほどの)人って大好きなのよ。
それに東洋の文化や思想に憧れをもっていて、座右の書が夏目漱石の「草枕」で、勅使河原監督の大傑作「砂の女」を百何十回も観たってんだからありがとう。
愛国主義者の僕っちは親日のひと大好きなのよ。
さあということでグールドを知るにはやっぱりピアニストとしての彼を知っとかなきゃならんから今度CD購入しましょうかな。
こうやってグールドは僕の研究対象に登録されました。ぴっぴっぴ。
胸襟開いて語りなさい!〜そして僕は途方にくれない〜
2003年8月30日チーちゃんお口がまっかっか!!
ということで僕今日病院デーなんでーい。
今日の通院ちょっと楽しみ、ぐびびびび。
なぜなら始めての心理検査なのでして僕の潜在的なあれやこれやが暴露されるかもキャーいやんちょっとだけよけらけらオケラ。
さてさて心理検査ってなんじゃらほい?
いつもと違うせんせがいらっしゃらりょってるじゃんか!
ってやりっぱじめたんがロールキャベツならぬロールシャッハなんて名前くらいは聞いたことあるかも・・・。
インクをたらした左右対称の紙を見せられ、これなんに見えーる???
うーん、コオロギ、いやいやゴキブリ?違う違う、そーだ、たがめ虫!!
なんてことをやる検査じゃった。
正味2時間、そんなことをうんこらうんこらやっていたんだとさ。
ついでにいろんな話も聞いてもらっちゃった。うーん、カタルシス。
それにしてもなんに見えるなんてとても口に出せないものに見えちゃったらどうしようなんて心配したけど、そんなもん浮かばんかったからよかったよかった。
かわりに昨日読んでしまった「ファウスト」の影響かしらん?キリストとか悪魔とかが結構浮かんできましたなあ。
それにしても動物も多かったなあ、牛とかヤギとかマントヒヒとか、こんなんでほんとに心理がわかるんかいな?
結果はしばらくかかるそうやけんども楽しみやねー、わくわく。
なんか知らんけど、君は頑張りやさんだねえってほめられちった♪
大変うれしゅうございますけどこの年で頑張りやさんって誉め言葉としてどうなんでしょう?
いささか気恥ずかしくも素直にぐひゃひゃとニヒルに笑っておきました。せんせーも誉めたことをさぞ後悔されたであろうなあ(笑)。
あっ、ピザが来た!
夕飯にピザなんてほんとは太るからだめなんだけどね、これから外に出るのもめんどいし飯作るなんてもってのほかなんで、おとなしく肥満に走ります。ぶひぶひ。
ということで僕今日病院デーなんでーい。
今日の通院ちょっと楽しみ、ぐびびびび。
なぜなら始めての心理検査なのでして僕の潜在的なあれやこれやが暴露されるかもキャーいやんちょっとだけよけらけらオケラ。
さてさて心理検査ってなんじゃらほい?
いつもと違うせんせがいらっしゃらりょってるじゃんか!
ってやりっぱじめたんがロールキャベツならぬロールシャッハなんて名前くらいは聞いたことあるかも・・・。
インクをたらした左右対称の紙を見せられ、これなんに見えーる???
うーん、コオロギ、いやいやゴキブリ?違う違う、そーだ、たがめ虫!!
なんてことをやる検査じゃった。
正味2時間、そんなことをうんこらうんこらやっていたんだとさ。
ついでにいろんな話も聞いてもらっちゃった。うーん、カタルシス。
それにしてもなんに見えるなんてとても口に出せないものに見えちゃったらどうしようなんて心配したけど、そんなもん浮かばんかったからよかったよかった。
かわりに昨日読んでしまった「ファウスト」の影響かしらん?キリストとか悪魔とかが結構浮かんできましたなあ。
それにしても動物も多かったなあ、牛とかヤギとかマントヒヒとか、こんなんでほんとに心理がわかるんかいな?
結果はしばらくかかるそうやけんども楽しみやねー、わくわく。
なんか知らんけど、君は頑張りやさんだねえってほめられちった♪
大変うれしゅうございますけどこの年で頑張りやさんって誉め言葉としてどうなんでしょう?
いささか気恥ずかしくも素直にぐひゃひゃとニヒルに笑っておきました。せんせーも誉めたことをさぞ後悔されたであろうなあ(笑)。
あっ、ピザが来た!
夕飯にピザなんてほんとは太るからだめなんだけどね、これから外に出るのもめんどいし飯作るなんてもってのほかなんで、おとなしく肥満に走ります。ぶひぶひ。
読書 『ファウスト(第2部)』
2003年8月29日 読書筋肉を鍛えるに当たってまず知っておかなきゃならんことは、ウエイトトレーニングと一言にいっても、いろんな種類があるってこと。
筋肥大にターゲットを絞ったトレーニングもあれば、筋力をつけるとか、持久力をつけるのを目的としたトレーニングもあるんじゃよね。
ボディビルダーがやってるウエイトってのは主に筋肥大を目的としてるわけだけど、スポーツやるならその種目ごとにトレーニングのやり方や種類を考えていかなきゃならないわけですよ。
たとえば野球なら、ピッチャーは持久力に重点をおいて、バッターはそんなに持久力をを要求されないから、ランニングよりもウエイトの方に力を注いだほうがいいという事になるわけさ。テニスなら持久力と瞬発力、ラグビーなら筋力、筋肥大、瞬発力、持久力ってことになるかな。
ただ単に考えも無しにバーベル上げ下げしてるだけじゃ、望んだ筋肉は作れないし、筋肉を発達させる意味においても、非常に効率が悪いんですよ。
詳しいことは省くけど、大まかに分類すれば、低重量で高回数をこなせば持久力がつくし、中重量で中回数で筋肥大、高重量で低回数なら筋力をつけるのに適してる。ほんで瞬発力ってのは筋力にリンクしてるんだけど、まあ、平行してダッシュをやったりしていくことが重要だね。
ただ、回数こなせば持久力がつくんだろ!ってプロレスラーみたく何百回もスクワットやったりするのは甚だ疑問なんですわ。
なんとならば、持久力をつけるのに適するのは、自分が12〜20回くらいの回数で限界に来る重量をつかったトレーニングをやるのが、まあ常識とされていて、個人的な細かい微調整はあるとしても、まあそこらへん近辺になるはずなんです。
だから、何百回も回数をこなせるってことは、まったく無駄とはいわないけど、やっぱトレーニングとしては甚だ効率が悪いですね。
日本ではそういうのが精神の鍛錬としてすりかえられちゃうことがままあるけれど、だからそれは求道的な武術とかなら文句はないわけだけど、試合に勝利することを目的にしたスポーツ競技では、まずもって必要ないですよ。そんな忍耐は。
そもそも、そんなしごきで忍耐がつくのかどうかも疑問なんですよ。
しごきについてこれなかった者は精神力が弱いなんていって脱落してった人たちの中に、ひょっとしたらものすごい才能の持ち主がいたかもしれないのに、あーもったいな。
なんてことが起こりかねませんからね。
こんな風に日本では精神にとにかく負荷をかけて耐えることでなれさせる。それこそが精神修行な訳ですが、アメリカのメンタルトレーニングなんかは、精神にかかるプレッシャーをどのように和らげるか、もしくはプラス方向に持っていくかっていう心理的なところをロジカルに冷静に検証して対処法を見出していくっていうもので、こっちのほうがポジティブじゃないかって思うんですよね。
やっぱこういう違いを見てみると、日本ってのは肉体や精神を非常に観念的に、そしてアメリカは科学的に見ているってのがわかりますね。
そしてどっちの方が結果を残してるのかを”スポーツ”的に判定してみると、やっぱりアメリカに旗が上がっちゃうんでがす。
さて、次回はメジャーリーガーの有名選手のトレーニングをあげていきながら、ウエイトトレーニングのプログラムを検証していきます。
筋肥大にターゲットを絞ったトレーニングもあれば、筋力をつけるとか、持久力をつけるのを目的としたトレーニングもあるんじゃよね。
ボディビルダーがやってるウエイトってのは主に筋肥大を目的としてるわけだけど、スポーツやるならその種目ごとにトレーニングのやり方や種類を考えていかなきゃならないわけですよ。
たとえば野球なら、ピッチャーは持久力に重点をおいて、バッターはそんなに持久力をを要求されないから、ランニングよりもウエイトの方に力を注いだほうがいいという事になるわけさ。テニスなら持久力と瞬発力、ラグビーなら筋力、筋肥大、瞬発力、持久力ってことになるかな。
ただ単に考えも無しにバーベル上げ下げしてるだけじゃ、望んだ筋肉は作れないし、筋肉を発達させる意味においても、非常に効率が悪いんですよ。
詳しいことは省くけど、大まかに分類すれば、低重量で高回数をこなせば持久力がつくし、中重量で中回数で筋肥大、高重量で低回数なら筋力をつけるのに適してる。ほんで瞬発力ってのは筋力にリンクしてるんだけど、まあ、平行してダッシュをやったりしていくことが重要だね。
ただ、回数こなせば持久力がつくんだろ!ってプロレスラーみたく何百回もスクワットやったりするのは甚だ疑問なんですわ。
なんとならば、持久力をつけるのに適するのは、自分が12〜20回くらいの回数で限界に来る重量をつかったトレーニングをやるのが、まあ常識とされていて、個人的な細かい微調整はあるとしても、まあそこらへん近辺になるはずなんです。
だから、何百回も回数をこなせるってことは、まったく無駄とはいわないけど、やっぱトレーニングとしては甚だ効率が悪いですね。
日本ではそういうのが精神の鍛錬としてすりかえられちゃうことがままあるけれど、だからそれは求道的な武術とかなら文句はないわけだけど、試合に勝利することを目的にしたスポーツ競技では、まずもって必要ないですよ。そんな忍耐は。
そもそも、そんなしごきで忍耐がつくのかどうかも疑問なんですよ。
しごきについてこれなかった者は精神力が弱いなんていって脱落してった人たちの中に、ひょっとしたらものすごい才能の持ち主がいたかもしれないのに、あーもったいな。
なんてことが起こりかねませんからね。
こんな風に日本では精神にとにかく負荷をかけて耐えることでなれさせる。それこそが精神修行な訳ですが、アメリカのメンタルトレーニングなんかは、精神にかかるプレッシャーをどのように和らげるか、もしくはプラス方向に持っていくかっていう心理的なところをロジカルに冷静に検証して対処法を見出していくっていうもので、こっちのほうがポジティブじゃないかって思うんですよね。
やっぱこういう違いを見てみると、日本ってのは肉体や精神を非常に観念的に、そしてアメリカは科学的に見ているってのがわかりますね。
そしてどっちの方が結果を残してるのかを”スポーツ”的に判定してみると、やっぱりアメリカに旗が上がっちゃうんでがす。
さて、次回はメジャーリーガーの有名選手のトレーニングをあげていきながら、ウエイトトレーニングのプログラムを検証していきます。
日本的根性論とウエイトトレーニング (その7)
2003年8月29日 連載筋肉を鍛えるに当たってまず知っておかなきゃならんことは、ウエイトトレーニングと一言にいっても、いろんな種類があるってこと。
筋肥大にターゲットを絞ったトレーニングもあれば、筋力をつけるとか、持久力をつけるのを目的としたトレーニングもあるんじゃよね。
ボディビルダーがやってるウエイトってのは主に筋肥大を目的としてるわけだけど、スポーツやるならその種目ごとにトレーニングのやり方や種類を考えていかなきゃならないわけですよ。
たとえば野球なら、ピッチャーは持久力に重点をおいて、バッターはそんなに持久力をを要求されないから、ランニングよりもウエイトの方に力を注いだほうがいいという事になるわけさ。テニスなら持久力と瞬発力、ラグビーなら筋力、筋肥大、瞬発力、持久力ってことになるかな。
ただ単に考えも無しにバーベル上げ下げしてるだけじゃ、望んだ筋肉は作れないし、筋肉を発達させる意味においても、非常に効率が悪いんですよ。
詳しいことは省くけど、大まかに分類すれば、低重量で高回数をこなせば持久力がつくし、中重量で中回数で筋肥大、高重量で低回数なら筋力をつけるのに適してる。ほんで瞬発力ってのは筋力にリンクしてるんだけど、まあ、平行してダッシュをやったりしていくことが重要だね。
ただ、回数こなせば持久力がつくんだろ!ってプロレスラーみたく何百回もスクワットやったりするのは甚だ疑問なんですわ。
なんとならば、持久力をつけるのに適するのは、自分が12〜20回くらいの回数で限界に来る重量をつかったトレーニングをやるのが、まあ常識とされていて、個人的な細かい微調整はあるとしても、まあそこらへん近辺になるはずなんです。
だから、何百回も回数をこなせるってことは、まったく無駄とはいわないけど、やっぱトレーニングとしては甚だ効率が悪いですね。
日本ではそういうのが精神の鍛錬としてすりかえられちゃうことがままあるけれど、だからそれは求道的な武術とかなら文句はないわけだけど、試合に勝利することを目的にしたスポーツ競技では、まずもって必要ないですよ。そんな忍耐は。
そもそも、そんなしごきで忍耐がつくのかどうかも疑問なんですよ。
しごきについてこれなかった者は精神力が弱いなんていって脱落してった人たちの中に、ひょっとしたらものすごい才能の持ち主がいたかもしれないのに、あーもったいな。
なんてことが起こりかねませんからね。
こんな風に日本では精神にとにかく負荷をかけて耐えることでなれさせる。それこそが精神修行な訳ですが、アメリカのメンタルトレーニングなんかは、精神にかかるプレッシャーをどのように和らげるか、もしくはプラス方向に持っていくかっていう心理的なところをロジカルに冷静に検証して対処法を見出していくっていうもので、こっちのほうがポジティブじゃないかって思うんですよね。
やっぱこういう違いを見てみると、日本ってのは肉体や精神を非常に観念的に、そしてアメリカは科学的に見ているってのがわかりますね。
そしてどっちの方が結果を残してるのかを”スポーツ”的に判定してみると、やっぱりアメリカに旗が上がっちゃうんでがす。
さて、次回はメジャーリーガーの有名選手のトレーニングをあげていきながら、ウエイトトレーニングのプログラムを検証していきます。
筋肥大にターゲットを絞ったトレーニングもあれば、筋力をつけるとか、持久力をつけるのを目的としたトレーニングもあるんじゃよね。
ボディビルダーがやってるウエイトってのは主に筋肥大を目的としてるわけだけど、スポーツやるならその種目ごとにトレーニングのやり方や種類を考えていかなきゃならないわけですよ。
たとえば野球なら、ピッチャーは持久力に重点をおいて、バッターはそんなに持久力をを要求されないから、ランニングよりもウエイトの方に力を注いだほうがいいという事になるわけさ。テニスなら持久力と瞬発力、ラグビーなら筋力、筋肥大、瞬発力、持久力ってことになるかな。
ただ単に考えも無しにバーベル上げ下げしてるだけじゃ、望んだ筋肉は作れないし、筋肉を発達させる意味においても、非常に効率が悪いんですよ。
詳しいことは省くけど、大まかに分類すれば、低重量で高回数をこなせば持久力がつくし、中重量で中回数で筋肥大、高重量で低回数なら筋力をつけるのに適してる。ほんで瞬発力ってのは筋力にリンクしてるんだけど、まあ、平行してダッシュをやったりしていくことが重要だね。
ただ、回数こなせば持久力がつくんだろ!ってプロレスラーみたく何百回もスクワットやったりするのは甚だ疑問なんですわ。
なんとならば、持久力をつけるのに適するのは、自分が12〜20回くらいの回数で限界に来る重量をつかったトレーニングをやるのが、まあ常識とされていて、個人的な細かい微調整はあるとしても、まあそこらへん近辺になるはずなんです。
だから、何百回も回数をこなせるってことは、まったく無駄とはいわないけど、やっぱトレーニングとしては甚だ効率が悪いですね。
日本ではそういうのが精神の鍛錬としてすりかえられちゃうことがままあるけれど、だからそれは求道的な武術とかなら文句はないわけだけど、試合に勝利することを目的にしたスポーツ競技では、まずもって必要ないですよ。そんな忍耐は。
そもそも、そんなしごきで忍耐がつくのかどうかも疑問なんですよ。
しごきについてこれなかった者は精神力が弱いなんていって脱落してった人たちの中に、ひょっとしたらものすごい才能の持ち主がいたかもしれないのに、あーもったいな。
なんてことが起こりかねませんからね。
こんな風に日本では精神にとにかく負荷をかけて耐えることでなれさせる。それこそが精神修行な訳ですが、アメリカのメンタルトレーニングなんかは、精神にかかるプレッシャーをどのように和らげるか、もしくはプラス方向に持っていくかっていう心理的なところをロジカルに冷静に検証して対処法を見出していくっていうもので、こっちのほうがポジティブじゃないかって思うんですよね。
やっぱこういう違いを見てみると、日本ってのは肉体や精神を非常に観念的に、そしてアメリカは科学的に見ているってのがわかりますね。
そしてどっちの方が結果を残してるのかを”スポーツ”的に判定してみると、やっぱりアメリカに旗が上がっちゃうんでがす。
さて、次回はメジャーリーガーの有名選手のトレーニングをあげていきながら、ウエイトトレーニングのプログラムを検証していきます。
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日本的根性論とウエイトトレーニング (その6)
2003年8月28日 連載さて、金田さんは経験則を信頼してウエイトトレーニングを否定したわけだけど、自分の経験則は信じるのに、なぜ他人の経験則を信用しないのか?って疑問があるわけね。
ウエイトトレーニングを行って成功した人なんてごまんといるわけで、その人たちを蔑ろにしてウエイトトレーニングは必要ない。なんて言ってもなんの説得力も持たないのですよ。
まず筋肉に対する誤解として、筋肉をつけると体が硬くなるってのがあるよね。
いったい何処からこんな説が生まれたのかわからないけど、こんなんまったくの嘘っぱちでっせ。
実際には筋トレをすると体の柔軟性が増すって科学結果が出てます。
これは、ベンチプレスなんかをやってる人ならわかると思うけど、バーベル下ろしたときに体をそらせるよね。始めてやったころは体が痛くてしょうがなかったはずなのに、それがやり続けていると、いつしか体をそらせても苦にならなくなる。これってつまり筋肉の稼動範囲が広がったってことなんですわ。
もちろん、筋トレばっかでストレッチをやんないと硬い体になるし、ストレッチを丹念にしていれば筋肉つけつつ柔らかい体に仕上げられるわけで、ここらへんは筋トレなんか関係なく普通の人にもいえるやね。
そして筋肉がつくと動作が鈍くなるっていうのも大きな誤解。そんなこと言ったらスピードスケートの清水宏康選手やテニス選手のM・チャン、さらにはアメフトやラグビーの選手をどう説明するのさ?
こういった誤解や自分の体に対する過信、潜在的な力への探求っていうのは決して日本だけではないんだけどね。
たとえばカール・ルイス。彼も若かりしころはウエイトトレーニングを一切やらなかったわけだけど、年とともに体が衰え、最終的にはウエイトをとり入れた。全盛期のときに筋トレやっとけばさらにすごい記録が生まれたかもしれないのになって僕はちょっぴり残念に思うよ。
現在、陸上の短距離界はウエイトを行うことは当たり前になってるよね。M・グリーンの体を見てもその筋量は驚くべきもんだわさ。
筋肉って思ってる以上に奥が深いものなんだよ。
日本ではボディビルの筋肉に対して見せかけだ、なんて声を聞くけど、ボディビルダーが作り上げている筋肉って見せるための筋肉であって、ボディビルにとっては実に実用的な筋肉なんですよ。それに当然そんじょそこらの人なんかより全然力強いでっせ!
そもそもボディビルやってる人たちは人体についてはプロフェッショナルなのよ。
ただ筋トレしとけば筋肉ついてくれるなんて甘いもんやおまへんのや。そこには運動生理学・栄養学・心理学などの知識を必要とされるんですよ。
つまり彼らは見せるために筋肥大を意識したトレーニングをしているけど、たとえば野球に必要な筋肉をつけることも出来るし、その他の競技に実用的な筋肉を作るのにこれほど長けた人たちはいないのですよ。
だから、海外のプロスポーツ選手なんかは、ボディビルダーにアドバイスをもらったり、トレーナーについてもらったりしてるよね。
そもそも僕にはボディビルを嫌悪する理由がさっぱりわからない。だってボディビルって自分の体を作っていくスポーツでしょ?最も人間の根源的なものに根ざした競技だと思わん?それを否定するってことはつまり人間それ自体を否定することのように思われるんだよね。
まあ、一度でもウエイトトレーニングを本格的にやったことのある人間なら、彼らのやってることがいかに大変で緻密な作業なのかってことがわかってると思うけど。僕なんかはものすごく尊敬しちゃいますよ。
おっと、話が横道にそれてボディビル論になっていってる(汗)。
まあ、つまり僕がボディビルを通していいたかったことは、筋肉を侮っちゃいかんぜよ。ってことなんよ。
僕がウエイトをやることこそが日本スポーツ界の未来を切り開くと断言できるのは、この分野がまだ日本人が開拓し始めたばっかりで、未知なのに、外国の方々がすでにその効果を証明してくれているからなんですね。
ということで次回はもうちっと筋肉について詳しくやります。
ウエイトトレーニングを行って成功した人なんてごまんといるわけで、その人たちを蔑ろにしてウエイトトレーニングは必要ない。なんて言ってもなんの説得力も持たないのですよ。
まず筋肉に対する誤解として、筋肉をつけると体が硬くなるってのがあるよね。
いったい何処からこんな説が生まれたのかわからないけど、こんなんまったくの嘘っぱちでっせ。
実際には筋トレをすると体の柔軟性が増すって科学結果が出てます。
これは、ベンチプレスなんかをやってる人ならわかると思うけど、バーベル下ろしたときに体をそらせるよね。始めてやったころは体が痛くてしょうがなかったはずなのに、それがやり続けていると、いつしか体をそらせても苦にならなくなる。これってつまり筋肉の稼動範囲が広がったってことなんですわ。
もちろん、筋トレばっかでストレッチをやんないと硬い体になるし、ストレッチを丹念にしていれば筋肉つけつつ柔らかい体に仕上げられるわけで、ここらへんは筋トレなんか関係なく普通の人にもいえるやね。
そして筋肉がつくと動作が鈍くなるっていうのも大きな誤解。そんなこと言ったらスピードスケートの清水宏康選手やテニス選手のM・チャン、さらにはアメフトやラグビーの選手をどう説明するのさ?
こういった誤解や自分の体に対する過信、潜在的な力への探求っていうのは決して日本だけではないんだけどね。
たとえばカール・ルイス。彼も若かりしころはウエイトトレーニングを一切やらなかったわけだけど、年とともに体が衰え、最終的にはウエイトをとり入れた。全盛期のときに筋トレやっとけばさらにすごい記録が生まれたかもしれないのになって僕はちょっぴり残念に思うよ。
現在、陸上の短距離界はウエイトを行うことは当たり前になってるよね。M・グリーンの体を見てもその筋量は驚くべきもんだわさ。
筋肉って思ってる以上に奥が深いものなんだよ。
日本ではボディビルの筋肉に対して見せかけだ、なんて声を聞くけど、ボディビルダーが作り上げている筋肉って見せるための筋肉であって、ボディビルにとっては実に実用的な筋肉なんですよ。それに当然そんじょそこらの人なんかより全然力強いでっせ!
そもそもボディビルやってる人たちは人体についてはプロフェッショナルなのよ。
ただ筋トレしとけば筋肉ついてくれるなんて甘いもんやおまへんのや。そこには運動生理学・栄養学・心理学などの知識を必要とされるんですよ。
つまり彼らは見せるために筋肥大を意識したトレーニングをしているけど、たとえば野球に必要な筋肉をつけることも出来るし、その他の競技に実用的な筋肉を作るのにこれほど長けた人たちはいないのですよ。
だから、海外のプロスポーツ選手なんかは、ボディビルダーにアドバイスをもらったり、トレーナーについてもらったりしてるよね。
そもそも僕にはボディビルを嫌悪する理由がさっぱりわからない。だってボディビルって自分の体を作っていくスポーツでしょ?最も人間の根源的なものに根ざした競技だと思わん?それを否定するってことはつまり人間それ自体を否定することのように思われるんだよね。
まあ、一度でもウエイトトレーニングを本格的にやったことのある人間なら、彼らのやってることがいかに大変で緻密な作業なのかってことがわかってると思うけど。僕なんかはものすごく尊敬しちゃいますよ。
おっと、話が横道にそれてボディビル論になっていってる(汗)。
まあ、つまり僕がボディビルを通していいたかったことは、筋肉を侮っちゃいかんぜよ。ってことなんよ。
僕がウエイトをやることこそが日本スポーツ界の未来を切り開くと断言できるのは、この分野がまだ日本人が開拓し始めたばっかりで、未知なのに、外国の方々がすでにその効果を証明してくれているからなんですね。
ということで次回はもうちっと筋肉について詳しくやります。
そしてアガシだけが残った・・・
2003年8月27日 テニステニスの試合をまともに見なくなって幾年月が流れたろうか、気づけば、もうUSオープンが始まってる。
そして、気がつけば、サンプラスが引退していた。
最近はテニス雑誌を手に取ることもほとんどなくなってたんやけども、この前本屋によった時、何故か久しぶりにテニスマガジンを読んでいた。ぱらぱらと項を繰っていくうちにひとつの記事に目が止まった。
”サンプラス近々引退か?”
M・チャンに付いては、前々からランキングも落ちていたし予想はついていた。だが、この記事には驚かずにはいられなかった。
サンプラスは去年の今ごろまだトップ10にはいってはいなかっただろうか?
僕は知らなかったが、サンプラスは去年のUSオープン以降なんの大会にもエントリーしていなかったらしい。この情報を知ったのはほんの数日前である。
そして今日の朝刊に、サンプラスが引退したことが載っていた。
ピート・サンプラス
少しでもテニスを齧ったことのある人なら、この名前を知らないものはまずいないだろう。
サンプラスが最盛期のころ、彼にライバルはいなかった。よくアガシがライバルとしてあげられるが、僕はその意見に組しない。
サンプラス・アガシ・クーリエ・チャン。
アメリカ四天王というが、実のところサンプラスの実力はやはり飛びぬけていた。
比べられる選手といえば、彼らの前時代を築いたビヨン・ボルグぐらいだろうか。
いや、ボルグでも及ばないだろう。それくらい彼は強かった。
彼はあまり人気のあるNo1ではなかったが、それは個性がないわけではなく、あまりにも完璧過ぎたからだ。
どんな王者にもなにかひとつぐらいは粗を見つけられるものである。だが彼には、そのプレイにおいて粗を見つけることが出来なかった。完成されていた。だから人は彼のプレイに人間味を感じることが出来なかったのだ。
いってみればそれこそが彼の個性だったのだけれど。
かくいう僕も、彼が好きではなかった。
プレイだけではなく、そのメンタルも抜きん出ており、ほとんど試合中表情が変わることもなかった。どんな苦境に立たされようとも、決して彼が負ける気がしないのだ。また、苦境になるほどその憎らしい強さを発揮するのである。
僕は闘志剥き出しでボールを拾い捲るチャンが好きだったが、サンプラスと当たるときは、チャンを応援しつつもすでに負けを受け入れていた。
サンプラスはギリシャ系アメリカ人で、先天的に地中海性貧血症という体質を持っており、熱射のなか長時間動くと、貧血を起こしてしまう。
僕はチャンがサンプラスと対戦するときはそれが起こることを願うしかなかった。その病気しか彼の欠点といえるところは実質なかったのだ。
チャンとクーリエは天才ではない。努力の人だ。
アガシは今は努力し出したが、昔はただの天才で、その才能に頼り切っていた。
そしてサンプラスは、天才で、かつ努力家だった。
あのころ、アガシがもっと努力していれば、ひょっとするとサンプラスのライバルとなり得たかもしれないが、その可能性も今となっては憶測の域を出ない。
つまりアガシは自分の一番の好機を努力をせずに逃し、サンプラスはしっかりと捕まえ、ひとつの時代を打ちたてた。そういった部分も含めて完璧なのである。
彼のあのストイックさは、おそらくひとつ前の世代のチャンピオン、イワン・レンドルとの交流の中で学び取ったものではないかと考えている。
レンドルもまたそのストイックさゆえに至上もっとも人気のないNo1と揶揄された選手だ。しかし、誰よりもプロフェッショナルであったからこそサンプラスに破られるまで最長のNo1期間の記録を保持できたのだ。
誰よりも努力した天才、誰よりもプロフェッショナルだった天才。
おそらく今後のテニス界でサンプラスを凌ぐほどの選手は出てこないだろう。
彼はグランドスラムのひとつ、フレンチオープンのタイトルだけはとうとう取ることが出来なかったが、そのことも彼の至上最強のオールラウンドプレイヤーという称号をいくほどをも薄めるものではない。
文字通り不世出のテニスプレイヤー。その形容を冠することが許されるプレイヤーは今までも、そしてこれから先も、P・サンプラスを置いて他にはいないだろう。
面白いもので、テニスの時代は波のように、ひとつの塊の如く動いていっている。
僕がテニスを知る前、B・ボルグ、J・コナーズ、J・マッケンロー、P・キャッシュなどが活躍し、その次にI・レンドル、B・ベッカー。
そして世代交代が、89年マイケル・チャンが、フレンチ、ロランギャロスで最年少優勝を皮切りに起こった。サンプラスの全米優勝、アガシのウインブルドン優勝。クーリエの全豪優勝。
四天王時代、僕はテニスを始めた。
そして時は流れ、今、アガシだけが残った。
彼は熟練実を増し、努力もしだしたお陰で、その強さはまだ健在だ。彼にはかつてのコナーズのように粘って現役を続けてほしい。世代交代は、アガシが引退しない限り完全には終わらないのだ。
L・ヒューイット、A・ロディック、R・フェデラー、F・フェレーロ、S・グロージャン。
詳しくはないが、次の世代は彼らが引っ張っていくだろう。
さて、アガシとグラフの子供が成長して、テニス界でデビューするときは、いったい何度目の世代交代なのだろうか?
そして、気がつけば、サンプラスが引退していた。
最近はテニス雑誌を手に取ることもほとんどなくなってたんやけども、この前本屋によった時、何故か久しぶりにテニスマガジンを読んでいた。ぱらぱらと項を繰っていくうちにひとつの記事に目が止まった。
”サンプラス近々引退か?”
M・チャンに付いては、前々からランキングも落ちていたし予想はついていた。だが、この記事には驚かずにはいられなかった。
サンプラスは去年の今ごろまだトップ10にはいってはいなかっただろうか?
僕は知らなかったが、サンプラスは去年のUSオープン以降なんの大会にもエントリーしていなかったらしい。この情報を知ったのはほんの数日前である。
そして今日の朝刊に、サンプラスが引退したことが載っていた。
ピート・サンプラス
少しでもテニスを齧ったことのある人なら、この名前を知らないものはまずいないだろう。
サンプラスが最盛期のころ、彼にライバルはいなかった。よくアガシがライバルとしてあげられるが、僕はその意見に組しない。
サンプラス・アガシ・クーリエ・チャン。
アメリカ四天王というが、実のところサンプラスの実力はやはり飛びぬけていた。
比べられる選手といえば、彼らの前時代を築いたビヨン・ボルグぐらいだろうか。
いや、ボルグでも及ばないだろう。それくらい彼は強かった。
彼はあまり人気のあるNo1ではなかったが、それは個性がないわけではなく、あまりにも完璧過ぎたからだ。
どんな王者にもなにかひとつぐらいは粗を見つけられるものである。だが彼には、そのプレイにおいて粗を見つけることが出来なかった。完成されていた。だから人は彼のプレイに人間味を感じることが出来なかったのだ。
いってみればそれこそが彼の個性だったのだけれど。
かくいう僕も、彼が好きではなかった。
プレイだけではなく、そのメンタルも抜きん出ており、ほとんど試合中表情が変わることもなかった。どんな苦境に立たされようとも、決して彼が負ける気がしないのだ。また、苦境になるほどその憎らしい強さを発揮するのである。
僕は闘志剥き出しでボールを拾い捲るチャンが好きだったが、サンプラスと当たるときは、チャンを応援しつつもすでに負けを受け入れていた。
サンプラスはギリシャ系アメリカ人で、先天的に地中海性貧血症という体質を持っており、熱射のなか長時間動くと、貧血を起こしてしまう。
僕はチャンがサンプラスと対戦するときはそれが起こることを願うしかなかった。その病気しか彼の欠点といえるところは実質なかったのだ。
チャンとクーリエは天才ではない。努力の人だ。
アガシは今は努力し出したが、昔はただの天才で、その才能に頼り切っていた。
そしてサンプラスは、天才で、かつ努力家だった。
あのころ、アガシがもっと努力していれば、ひょっとするとサンプラスのライバルとなり得たかもしれないが、その可能性も今となっては憶測の域を出ない。
つまりアガシは自分の一番の好機を努力をせずに逃し、サンプラスはしっかりと捕まえ、ひとつの時代を打ちたてた。そういった部分も含めて完璧なのである。
彼のあのストイックさは、おそらくひとつ前の世代のチャンピオン、イワン・レンドルとの交流の中で学び取ったものではないかと考えている。
レンドルもまたそのストイックさゆえに至上もっとも人気のないNo1と揶揄された選手だ。しかし、誰よりもプロフェッショナルであったからこそサンプラスに破られるまで最長のNo1期間の記録を保持できたのだ。
誰よりも努力した天才、誰よりもプロフェッショナルだった天才。
おそらく今後のテニス界でサンプラスを凌ぐほどの選手は出てこないだろう。
彼はグランドスラムのひとつ、フレンチオープンのタイトルだけはとうとう取ることが出来なかったが、そのことも彼の至上最強のオールラウンドプレイヤーという称号をいくほどをも薄めるものではない。
文字通り不世出のテニスプレイヤー。その形容を冠することが許されるプレイヤーは今までも、そしてこれから先も、P・サンプラスを置いて他にはいないだろう。
面白いもので、テニスの時代は波のように、ひとつの塊の如く動いていっている。
僕がテニスを知る前、B・ボルグ、J・コナーズ、J・マッケンロー、P・キャッシュなどが活躍し、その次にI・レンドル、B・ベッカー。
そして世代交代が、89年マイケル・チャンが、フレンチ、ロランギャロスで最年少優勝を皮切りに起こった。サンプラスの全米優勝、アガシのウインブルドン優勝。クーリエの全豪優勝。
四天王時代、僕はテニスを始めた。
そして時は流れ、今、アガシだけが残った。
彼は熟練実を増し、努力もしだしたお陰で、その強さはまだ健在だ。彼にはかつてのコナーズのように粘って現役を続けてほしい。世代交代は、アガシが引退しない限り完全には終わらないのだ。
L・ヒューイット、A・ロディック、R・フェデラー、F・フェレーロ、S・グロージャン。
詳しくはないが、次の世代は彼らが引っ張っていくだろう。
さて、アガシとグラフの子供が成長して、テニス界でデビューするときは、いったい何度目の世代交代なのだろうか?
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映画 『if もしも・・・』
2003年8月26日 映画〔洋画〕ちょっと修正。
保守派の誰かさんとの対話形式って結構めんどうくさいことに気づいたので、やっぱ僕だけでやっていくことにするよ。
さてミクロ編。個人を検証していきながら日本と諸外国の違いをあげていきます。
まあ、前にも言ったとおり、日本には筋肉、ってか体に対して精神が優越するという価値観がありまんがな。だから、体の限界を精神によって乗り越えるっていう論理が働いてるんやけど、これって火事場のバカ力みたいな潜在的能力を鍛錬によって意識的に引き出せるようにしようってことでしょ?
んなアホなって思いますよ。
そのために朝から晩までしごいてしごいて野球でよく見るぶっ倒れるまでノックする。おそらく高校の部活動なんかではまだまだこういった伝統がいっぱい残っておますやろなあ。ってんなアホな。
ここでひとつの例として、オーストラリアの水泳チームが毎日練習してんのになかなか記録があがんない。どうしたことだ?って練習を1日置きにしたところ飛躍的に記録がアップしたって話があるんですね。
これ聞いてどう思います?んなあほなって思います?
でもこれって至極当然のことなのですやね。
僕が思うに、日本の方はスポーツやる人のなかにも肉体に対して知識がない人が多いようです。細かく知っとく必要は、プロでもなけりゃいらんかも知らんけど、技術やの記録やのの向上目指すんやったら、今からでも遅くないんでちこっと筋肉について勉強することをお勧めします。
知識がなけりゃ、当然偏見や思いこみがうまれてくるわけでして、よく聞く筋肉つけると体が硬くなるやの、動きが鈍くなるやのはそのような無知から来る偏見の最たるものですねん。ほんまに、まったく。
プロ野球で金田はんっていましたやろ?ロッテだか近鉄だかの監督やってたお人。現役時代も結構なピッチャーやったほうな。
ほんでその人が信用する練習ってのが自らの経験則なんですわ。ほんでその経験則てのが彼の場合、徹底した走り込み。ランニング。彼は走りこみを徹底的にやったおかげで自分の成功があったとおっしゃられています。
そうでしょうそうでしょう。走り込みは大事ですよ。とくにピッチャーにはね。でも強靭な下半身を作るのに走りこみだけだってのはどうかしらん?こういった考えはやはり遅筋と速筋、白筋と赤筋というのを無視した、筋肉をひとつのものと考えた無知からきているのですね。
ウォーレン・クロマティーも、今は亡きアンディ・フグさんも言ってましたよ。日本人はウエイトに対する取り組みが甘いってね。
だからまず、筋肉に対する誤解から僕なりに説明していきまひょ。次回にね。
保守派の誰かさんとの対話形式って結構めんどうくさいことに気づいたので、やっぱ僕だけでやっていくことにするよ。
さてミクロ編。個人を検証していきながら日本と諸外国の違いをあげていきます。
まあ、前にも言ったとおり、日本には筋肉、ってか体に対して精神が優越するという価値観がありまんがな。だから、体の限界を精神によって乗り越えるっていう論理が働いてるんやけど、これって火事場のバカ力みたいな潜在的能力を鍛錬によって意識的に引き出せるようにしようってことでしょ?
んなアホなって思いますよ。
そのために朝から晩までしごいてしごいて野球でよく見るぶっ倒れるまでノックする。おそらく高校の部活動なんかではまだまだこういった伝統がいっぱい残っておますやろなあ。ってんなアホな。
ここでひとつの例として、オーストラリアの水泳チームが毎日練習してんのになかなか記録があがんない。どうしたことだ?って練習を1日置きにしたところ飛躍的に記録がアップしたって話があるんですね。
これ聞いてどう思います?んなあほなって思います?
でもこれって至極当然のことなのですやね。
僕が思うに、日本の方はスポーツやる人のなかにも肉体に対して知識がない人が多いようです。細かく知っとく必要は、プロでもなけりゃいらんかも知らんけど、技術やの記録やのの向上目指すんやったら、今からでも遅くないんでちこっと筋肉について勉強することをお勧めします。
知識がなけりゃ、当然偏見や思いこみがうまれてくるわけでして、よく聞く筋肉つけると体が硬くなるやの、動きが鈍くなるやのはそのような無知から来る偏見の最たるものですねん。ほんまに、まったく。
プロ野球で金田はんっていましたやろ?ロッテだか近鉄だかの監督やってたお人。現役時代も結構なピッチャーやったほうな。
ほんでその人が信用する練習ってのが自らの経験則なんですわ。ほんでその経験則てのが彼の場合、徹底した走り込み。ランニング。彼は走りこみを徹底的にやったおかげで自分の成功があったとおっしゃられています。
そうでしょうそうでしょう。走り込みは大事ですよ。とくにピッチャーにはね。でも強靭な下半身を作るのに走りこみだけだってのはどうかしらん?こういった考えはやはり遅筋と速筋、白筋と赤筋というのを無視した、筋肉をひとつのものと考えた無知からきているのですね。
ウォーレン・クロマティーも、今は亡きアンディ・フグさんも言ってましたよ。日本人はウエイトに対する取り組みが甘いってね。
だからまず、筋肉に対する誤解から僕なりに説明していきまひょ。次回にね。
日本的根性論とウエイトトレーニング (その5)
2003年8月26日 連載ちょっと修正。
保守派の誰かさんとの対話形式って結構めんどうくさいことに気づいたので、やっぱ僕だけでやっていくことにするよ。
さてミクロ編。個人を検証していきながら日本と諸外国の違いをあげていきます。
まあ、前にも言ったとおり、日本には筋肉、ってか体に対して精神が優越するという価値観がありまんがな。だから、体の限界を精神によって乗り越えるっていう論理が働いてるんやけど、これって火事場のバカ力みたいな潜在的能力を鍛錬によって意識的に引き出せるようにしようってことでしょ?
んなアホなって思いますよ。
そのために朝から晩までしごいてしごいて野球でよく見るぶっ倒れるまでノックする。おそらく高校の部活動なんかではまだまだこういった伝統がいっぱい残っておますやろなあ。ってんなアホな。
ここでひとつの例として、オーストラリアの水泳チームが毎日練習してんのになかなか記録があがんない。どうしたことだ?って練習を1日置きにしたところ飛躍的に記録がアップしたって話があるんですね。
これ聞いてどう思います?んなあほなって思います?
でもこれって至極当然のことなのですやね。
僕が思うに、日本の方はスポーツやる人のなかにも肉体に対して知識がない人が多いようです。細かく知っとく必要は、プロでもなけりゃいらんかも知らんけど、技術やの記録やのの向上目指すんやったら、今からでも遅くないんでちこっと筋肉について勉強することをお勧めします。
知識がなけりゃ、当然偏見や思いこみがうまれてくるわけでして、よく聞く筋肉つけると体が硬くなるやの、動きが鈍くなるやのはそのような無知から来る偏見の最たるものですねん。ほんまに、まったく。
プロ野球で金田はんっていましたやろ?ロッテだか近鉄だかの監督やってたお人。現役時代も結構なピッチャーやったほうな。
ほんでその人が信用する練習ってのが自らの経験則なんですわ。ほんでその経験則てのが彼の場合、徹底した走り込み。ランニング。彼は走りこみを徹底的にやったおかげで自分の成功があったとおっしゃられています。
そうでしょうそうでしょう。走り込みは大事ですよ。とくにピッチャーにはね。でも強靭な下半身を作るのに走りこみだけだってのはどうかしらん?こういった考えはやはり遅筋と速筋、白筋と赤筋というのを無視した、筋肉をひとつのものと考えた無知からきているのですね。
ウォーレン・クロマティーも、今は亡きアンディ・フグさんも言ってましたよ。日本人はウエイトに対する取り組みが甘いってね。
だからまず、筋肉に対する誤解から僕なりに説明していきまひょ。次回にね。
保守派の誰かさんとの対話形式って結構めんどうくさいことに気づいたので、やっぱ僕だけでやっていくことにするよ。
さてミクロ編。個人を検証していきながら日本と諸外国の違いをあげていきます。
まあ、前にも言ったとおり、日本には筋肉、ってか体に対して精神が優越するという価値観がありまんがな。だから、体の限界を精神によって乗り越えるっていう論理が働いてるんやけど、これって火事場のバカ力みたいな潜在的能力を鍛錬によって意識的に引き出せるようにしようってことでしょ?
んなアホなって思いますよ。
そのために朝から晩までしごいてしごいて野球でよく見るぶっ倒れるまでノックする。おそらく高校の部活動なんかではまだまだこういった伝統がいっぱい残っておますやろなあ。ってんなアホな。
ここでひとつの例として、オーストラリアの水泳チームが毎日練習してんのになかなか記録があがんない。どうしたことだ?って練習を1日置きにしたところ飛躍的に記録がアップしたって話があるんですね。
これ聞いてどう思います?んなあほなって思います?
でもこれって至極当然のことなのですやね。
僕が思うに、日本の方はスポーツやる人のなかにも肉体に対して知識がない人が多いようです。細かく知っとく必要は、プロでもなけりゃいらんかも知らんけど、技術やの記録やのの向上目指すんやったら、今からでも遅くないんでちこっと筋肉について勉強することをお勧めします。
知識がなけりゃ、当然偏見や思いこみがうまれてくるわけでして、よく聞く筋肉つけると体が硬くなるやの、動きが鈍くなるやのはそのような無知から来る偏見の最たるものですねん。ほんまに、まったく。
プロ野球で金田はんっていましたやろ?ロッテだか近鉄だかの監督やってたお人。現役時代も結構なピッチャーやったほうな。
ほんでその人が信用する練習ってのが自らの経験則なんですわ。ほんでその経験則てのが彼の場合、徹底した走り込み。ランニング。彼は走りこみを徹底的にやったおかげで自分の成功があったとおっしゃられています。
そうでしょうそうでしょう。走り込みは大事ですよ。とくにピッチャーにはね。でも強靭な下半身を作るのに走りこみだけだってのはどうかしらん?こういった考えはやはり遅筋と速筋、白筋と赤筋というのを無視した、筋肉をひとつのものと考えた無知からきているのですね。
ウォーレン・クロマティーも、今は亡きアンディ・フグさんも言ってましたよ。日本人はウエイトに対する取り組みが甘いってね。
だからまず、筋肉に対する誤解から僕なりに説明していきまひょ。次回にね。
てやんでえな1日とNHKの電話取材
2003年8月22日ああああー、徹夜だ。目がクリンクリンしちゃうよ!目がクリンクリンしちゃうよー!!
そうだこんな日は図書館に行こう。目をクリンクリンさせながら県図書へ。
あっ、ヤベ!頭がボワンボワンしてきた。カフェインとりまっしょてんで図書館備え付けの質素にして瀟洒にして高価なレストランに入るとおおっ!久しぶりにあったねF君。元公務員学校のはらからよ。
久しぶりな再会に感激もそこそこ。かわゆいお連れがいたんで会話もそこそこ。いそいそと誰にも見えない死角の席を陣取って質素にして少量にして高価なアイスコーヒーを注文しつつ「ファウスト」の第2部を読む。あっ、ヤベ!字がムニムニしてきた!
と、そこへこれまた久しぶりに友人のG君から電話がかかる。昨年買った携帯が僕のメールによってフリーズしたそうでヤバヤバだそうな。送ったメールの内容があまりにも寒かったので凍っちゃったんだとしたらごめんくさいね。あっ、やばい!声がピキュピキュしてきた!
てんでルボックス(強迫の薬)をコーヒーで流し込む。くっは、飲んだ飲んだ。図書館に舞い戻ろうとするとおおっ!あれは高2のときの同級生のIくんではなかっしゃろかい?って一瞬目があったんだけどいかんせん僕の目がクリンクリンしていたせいか彼は気づいていない様子であったので僕も気づいていないことにしてやり過ごす。
しのしの歩きながら図書館にはいるとおおっ!あれは無頼派先生ではないか!
なにか新聞をいそいそと書き写していらっしゃるご様子。邪魔しちゃいかんぜよって実は話しかける勇気がなかっただけなんやけどね。
ガクガクブルブル。いったいこれはどうしたことだ?動機が激しい痙攣がする。強迫もしたたか出てきたぞ。体がガタピシいってけつかる。ぱにっくぱにっく吐きそう吐きそう。
思うに原因は徹夜で脳みそがドッテンパラリのときにコーヒーとともに薬を飲んだせいなのではなかろうか。ひょっとしてカフェインと薬は何かこう効果を相殺してしまうような最悪な飲み合わせだったのではないかと訝ってみたが、訝っているうちに気分が落ち着いてきたのでなかったことにしてやろう。
ゴジラと溝口健二と小津安二郎とゴダールとシェイクスピアとアンジェイ・ワイダとアンドレイ・タルコフスキー関連の本を脈絡もなく飛ばし読みしながらあいだに「ファウスト」を愛でているとあっとゆー間に午後3時になったのでご帰還。
そうそう今日はNHKの電話取材。なんとならば10月に強迫性障害のテレビを2週にわたって組んでもらえるらしくこりゃあわても協力せん訳にはいきませんがな。なんて鼻息荒く興奮しておりますのや。
これというのも強迫性自助サークル「ハーモニー」の管理人様、めろりんことmelodyお姉さんのご尽力あってこそなんですよ。感涙。
そのサークルに加わっている方々ともども、お姉さんひとりに苦労はさせないぞよってにわかに活気付いてまいりまして非常にうれしくもありがたいことだなあ、僕も加えてね。この病気の理解を広めかつ自己開放。あひゃひゃ。
てことで取材開始。NHKの福祉担当やいうことで僕なぜか女性の方なのかななんて勝手に思いこんでおりましたところ。男性でありました。僕の頭もやっぱ古い固定観念に支配されてんのやなあ。気を付けなね。
このお方、夏川さん。たいへんやわらかな物腰でとろけるような語り口。やさしさが滲み出ており好感がもてます。そんな雰囲気に僕の弁舌も絶好調。ああっ、こんなにすらすら言葉が出たら日常生活さして苦労もないのになあ・・・。
いやあ、けっこ語りましたよ。満足満足って電話をおくと。なにかまだ話したりないような感覚に襲われる。むずむずむずむず。よし、わかったむずむずよ。明日夏川さんに追い討ちのメールを送れば満足じゃろうが!って、さらに詳細を綴ったメールを送信することを心にきめて、てんぷら御膳を食したのであります。ゲップ。
そうだこんな日は図書館に行こう。目をクリンクリンさせながら県図書へ。
あっ、ヤベ!頭がボワンボワンしてきた。カフェインとりまっしょてんで図書館備え付けの質素にして瀟洒にして高価なレストランに入るとおおっ!久しぶりにあったねF君。元公務員学校のはらからよ。
久しぶりな再会に感激もそこそこ。かわゆいお連れがいたんで会話もそこそこ。いそいそと誰にも見えない死角の席を陣取って質素にして少量にして高価なアイスコーヒーを注文しつつ「ファウスト」の第2部を読む。あっ、ヤベ!字がムニムニしてきた!
と、そこへこれまた久しぶりに友人のG君から電話がかかる。昨年買った携帯が僕のメールによってフリーズしたそうでヤバヤバだそうな。送ったメールの内容があまりにも寒かったので凍っちゃったんだとしたらごめんくさいね。あっ、やばい!声がピキュピキュしてきた!
てんでルボックス(強迫の薬)をコーヒーで流し込む。くっは、飲んだ飲んだ。図書館に舞い戻ろうとするとおおっ!あれは高2のときの同級生のIくんではなかっしゃろかい?って一瞬目があったんだけどいかんせん僕の目がクリンクリンしていたせいか彼は気づいていない様子であったので僕も気づいていないことにしてやり過ごす。
しのしの歩きながら図書館にはいるとおおっ!あれは無頼派先生ではないか!
なにか新聞をいそいそと書き写していらっしゃるご様子。邪魔しちゃいかんぜよって実は話しかける勇気がなかっただけなんやけどね。
ガクガクブルブル。いったいこれはどうしたことだ?動機が激しい痙攣がする。強迫もしたたか出てきたぞ。体がガタピシいってけつかる。ぱにっくぱにっく吐きそう吐きそう。
思うに原因は徹夜で脳みそがドッテンパラリのときにコーヒーとともに薬を飲んだせいなのではなかろうか。ひょっとしてカフェインと薬は何かこう効果を相殺してしまうような最悪な飲み合わせだったのではないかと訝ってみたが、訝っているうちに気分が落ち着いてきたのでなかったことにしてやろう。
ゴジラと溝口健二と小津安二郎とゴダールとシェイクスピアとアンジェイ・ワイダとアンドレイ・タルコフスキー関連の本を脈絡もなく飛ばし読みしながらあいだに「ファウスト」を愛でているとあっとゆー間に午後3時になったのでご帰還。
そうそう今日はNHKの電話取材。なんとならば10月に強迫性障害のテレビを2週にわたって組んでもらえるらしくこりゃあわても協力せん訳にはいきませんがな。なんて鼻息荒く興奮しておりますのや。
これというのも強迫性自助サークル「ハーモニー」の管理人様、めろりんことmelodyお姉さんのご尽力あってこそなんですよ。感涙。
そのサークルに加わっている方々ともども、お姉さんひとりに苦労はさせないぞよってにわかに活気付いてまいりまして非常にうれしくもありがたいことだなあ、僕も加えてね。この病気の理解を広めかつ自己開放。あひゃひゃ。
てことで取材開始。NHKの福祉担当やいうことで僕なぜか女性の方なのかななんて勝手に思いこんでおりましたところ。男性でありました。僕の頭もやっぱ古い固定観念に支配されてんのやなあ。気を付けなね。
このお方、夏川さん。たいへんやわらかな物腰でとろけるような語り口。やさしさが滲み出ており好感がもてます。そんな雰囲気に僕の弁舌も絶好調。ああっ、こんなにすらすら言葉が出たら日常生活さして苦労もないのになあ・・・。
いやあ、けっこ語りましたよ。満足満足って電話をおくと。なにかまだ話したりないような感覚に襲われる。むずむずむずむず。よし、わかったむずむずよ。明日夏川さんに追い討ちのメールを送れば満足じゃろうが!って、さらに詳細を綴ったメールを送信することを心にきめて、てんぷら御膳を食したのであります。ゲップ。
アンジェイ・ワイダ監督
ちなみに「悪霊」はドストエフスキーの原作を読んでいないとまず意味不明だろうなあって作りでした。だけどもその世界観や人物はものすごく、ものすごーく良かったと思います。坂東玉三郎の「ナスターシャ」(白痴)は、なんだかなあって感じでした。
ワイダの名を世界に知らしめた傑作。第2次大戦下のワルシャワ、ソ連軍進攻に既望を託し武装蜂起した対独レジスタンスは、独軍に壊滅的な打撃を受け地下水道に追い込まれる。全編はほぼ迷路のような地下水道の汚水の中で這いずりまわるレジスタンスの無残な姿がリアリズムで描かれる。ラスト、マンホールの蓋を再び締めるシーンの痛切さ!ワイダの作品て結構観てるんやけどもね、なんてゆーかな、嫌いではない、けど今の時点では好きでもないっていうか、まあこれはほとんど僕が無知だからなんだろうけどさ、正直よくわからないんですよ。映画的な雰囲気はそこはかとなく好き、なような気がする。でも「灰とダイヤモンド」にしても「大理石の男」にしても「鉄の男」にしても、いまいち心にビビビっときてくれない。うーん、やっぱこれは僕が無知だからなんでしょうね。ポーランドの歴史を勉強してから、もう一度観てみたらきっとビビビっとくるような気がします。勉強しろってことね。わかりました、いつかきっと。はい。そんときにはまたよろしく。
ちなみに「悪霊」はドストエフスキーの原作を読んでいないとまず意味不明だろうなあって作りでした。だけどもその世界観や人物はものすごく、ものすごーく良かったと思います。坂東玉三郎の「ナスターシャ」(白痴)は、なんだかなあって感じでした。
日本的根性論とウエイトトレーニング (その4)
2003年8月19日 連載うん、確かに日本のその経験則とやらにも多々合理性を見出すことが出来ますよ。
>保守派の誰か
「ほれみい、わしらのやっとることに間違いはないのじゃ。小ざかしいことをうだうだと申すな!」
しかしですね、日本のその精神力さえあれば限界を超えた力をだせるって理屈は非常に危険なんですよね。
それが僕のいう精神優越観なわけですよ。体の仕組み、人間の構造がここまで解明されてきてる現在において、科学的な見地を蔑ろにする態度は、人の肉体に価値を見出さないってことと「=」といっていーのではないでしょうか。だから、日本はもっと科学的な、肉体的なものに対して目を向けない限り、言いかえれば、精神の優越性が保たれている限り、全体的に非合理な感は否めないわね。
アメリカなんかは、精神にも肉体にも科学的な研究がなされていて、どうしても神秘性なんてものは薄れていくけど、技術の向上、個々のスポーツの進歩に限ってみれば、やっぱり合理的でしょう。
もうひとつ、僕が不満に感じるのは、日本は精神優越観を肉体的劣等性、コンプレックスのいいわけ、逃げ道にしてるように映るってことなんですな。
>保守派の誰か
「な、なにー!わしらはそんななさけない真似はしとらん!」
もし日本が試合で勝てばもろ手を上げて喜ぶくせに、負けたときは、体格やパワーの差がこんだけあるのに大和魂でこんだけ競り合った、よく頑張った。なんていつもこんなことを聞くたびに僕は釈然としない思いにかられるのですよ。
>保守派の誰か
「うくく、貴様はわしらに何をもとめておるのじゃ?日本とアメリカの練習にいったいどれほどの違いがあるというのじゃ!」
わかりました。次回からはミクロな視点からその違いを暴いていきましょうかね。
>保守派の誰か
「ほれみい、わしらのやっとることに間違いはないのじゃ。小ざかしいことをうだうだと申すな!」
しかしですね、日本のその精神力さえあれば限界を超えた力をだせるって理屈は非常に危険なんですよね。
それが僕のいう精神優越観なわけですよ。体の仕組み、人間の構造がここまで解明されてきてる現在において、科学的な見地を蔑ろにする態度は、人の肉体に価値を見出さないってことと「=」といっていーのではないでしょうか。だから、日本はもっと科学的な、肉体的なものに対して目を向けない限り、言いかえれば、精神の優越性が保たれている限り、全体的に非合理な感は否めないわね。
アメリカなんかは、精神にも肉体にも科学的な研究がなされていて、どうしても神秘性なんてものは薄れていくけど、技術の向上、個々のスポーツの進歩に限ってみれば、やっぱり合理的でしょう。
もうひとつ、僕が不満に感じるのは、日本は精神優越観を肉体的劣等性、コンプレックスのいいわけ、逃げ道にしてるように映るってことなんですな。
>保守派の誰か
「な、なにー!わしらはそんななさけない真似はしとらん!」
もし日本が試合で勝てばもろ手を上げて喜ぶくせに、負けたときは、体格やパワーの差がこんだけあるのに大和魂でこんだけ競り合った、よく頑張った。なんていつもこんなことを聞くたびに僕は釈然としない思いにかられるのですよ。
>保守派の誰か
「うくく、貴様はわしらに何をもとめておるのじゃ?日本とアメリカの練習にいったいどれほどの違いがあるというのじゃ!」
わかりました。次回からはミクロな視点からその違いを暴いていきましょうかね。
日本的根性論とウエイトトレーニング (その3)
2003年8月18日 連載思うにですね、日本のスポーツ精神って武士道のそれなんだよね。
耐える美徳ってんですか。体をいじめていじめて、ぼろぼろになるまで酷使してこそ鍛錬だって。
アリとキリギリス神話みたいなもんがありますね。
それで勝てばそりゃ美しいですね。努力は報われたって過去の辛い練習を思い出し涙を流す。確かに美談になるでしょう。日本では。
でもたとえば日本人があれほど感動した「巨人の星」をアメリカ人なんかに見せると顔をしかめられちゃうわけなんですよ。
これは根本的に、アメリカ人はスポーツを楽しむものとして捉えているからなんですわ。プロのスポーツってのは好きの延長線としてあるわけなんだと思うのよ。だからプロの人は自分も効率的に技術が向上し、かつ客を楽しませるために変革をいとわないってのは言い過ぎだけどそこまで保守的じゃないよね。
一方日本はってーと、カリスマ的なものを苦行にもとめるってのか、仏教にも通じるのかもしれんけど、誰も到達できないほどの苦行に耐えた人こそ悟りを開くっていうような信仰が根強くて、スポーツにも無意識にそのような信仰を持ちこんでるんじゃないかな。そしてこの概念って、スポーツってより「道」なんですね。武道・弓道・柔道・しまいにゃ野球道なんてこともいう。日本ではあくまでスポーツは楽しむものだけじゃなくて自己を鍛えるってニュアンスが含まれてくるわけなんですよ。だから、日本はクラブ活動じゃなくて「体育」なんて学校の授業にスポーツを取り込んじゃう。
簡単に言っちゃうとアメリカだけじゃなく多くの外国の場合、プロの技術的向上の道を合理性の中に見出そうとし、日本は非合理性の中に見出そうとしてるってこと。
>保守派の誰か
「なにー!貴様は何をもって日本のやり方が非合理だと決めつめる!鍛錬は伝統という経験則に基づいており、れっきとして合理的じゃ!」
うーん、そこんところは次のかいに詰めていきましょうや。僕、最近薬の副作用で頭がボーっとして文をまとめる気力がないの。
ごめんちゃいね。
耐える美徳ってんですか。体をいじめていじめて、ぼろぼろになるまで酷使してこそ鍛錬だって。
アリとキリギリス神話みたいなもんがありますね。
それで勝てばそりゃ美しいですね。努力は報われたって過去の辛い練習を思い出し涙を流す。確かに美談になるでしょう。日本では。
でもたとえば日本人があれほど感動した「巨人の星」をアメリカ人なんかに見せると顔をしかめられちゃうわけなんですよ。
これは根本的に、アメリカ人はスポーツを楽しむものとして捉えているからなんですわ。プロのスポーツってのは好きの延長線としてあるわけなんだと思うのよ。だからプロの人は自分も効率的に技術が向上し、かつ客を楽しませるために変革をいとわないってのは言い過ぎだけどそこまで保守的じゃないよね。
一方日本はってーと、カリスマ的なものを苦行にもとめるってのか、仏教にも通じるのかもしれんけど、誰も到達できないほどの苦行に耐えた人こそ悟りを開くっていうような信仰が根強くて、スポーツにも無意識にそのような信仰を持ちこんでるんじゃないかな。そしてこの概念って、スポーツってより「道」なんですね。武道・弓道・柔道・しまいにゃ野球道なんてこともいう。日本ではあくまでスポーツは楽しむものだけじゃなくて自己を鍛えるってニュアンスが含まれてくるわけなんですよ。だから、日本はクラブ活動じゃなくて「体育」なんて学校の授業にスポーツを取り込んじゃう。
簡単に言っちゃうとアメリカだけじゃなく多くの外国の場合、プロの技術的向上の道を合理性の中に見出そうとし、日本は非合理性の中に見出そうとしてるってこと。
>保守派の誰か
「なにー!貴様は何をもって日本のやり方が非合理だと決めつめる!鍛錬は伝統という経験則に基づいており、れっきとして合理的じゃ!」
うーん、そこんところは次のかいに詰めていきましょうや。僕、最近薬の副作用で頭がボーっとして文をまとめる気力がないの。
ごめんちゃいね。
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次回は次回に持ち越して、今日はくだらぬ妄想なぞ・・・
2003年8月17日♪おさかなくわえたサザエさ〜ん おいかけ〜て〜
裸足で〜かけてく〜よ〜き〜なドラ〜えも〜ん♪
ってばか、ドラえもんはもともと裸足なんだよってそれ以前にそんな歌あるかあんぽんたん!なんてね。
そういえばサザエさんなんてここ何年かまともに見た記憶がないなー。
かつおも声変わり(?)したことだしそろそろサザエさんには退職してもらって世代交代といきましょうか、「ワカメさん」なんてどうかな?
なんとワカメさん中嶋君と結婚してしまって中島ワカメになっちゃった。子供の名前はグローバルな時代を視野に入れて、国際的にブラックバスってのは?中島ブラックバスちゃん。たらちゃんの「〜ですー」にたいしてブラックバスちゃんは語尾に「〜でんがらちょっちょ」なんてつけて新たなトレンドを生み出していくんだよ。
「ぼくもやるでんがらちょっちょー」なんてかわいすぎて流行ることうけあい。うきゃきゃ。
今の時代に借家ってのは似合わんから中島夫妻にはレオパレスに越してもらって、当然時世を反映して核家族共働きでブラックバスちゃんはかぎっ子なんだよね。
でもさびしくなんかないよ、だってたらお兄ちゃんが遊んでくれるからでんがらちょっちょ。ほら今日もきたでんがらちょっちょ。「ブラックバスちゃん遊んでやるですー」なんていーながら。
「ワカメさん」はこうして21世紀の家族アニメとして親しまれ、常時30%という高視聴率をたたきだしていくわけさ。
となればもちろん商魂たくましいこの時代、人気に便乗した姉妹番組なんかが登場、その名も「クレパスいくらちゃん」。ワカメがもう主婦なのになんでいくらちゃんがまだ子供なのかって矛盾は妄想なのでこの際排除して、もちろん、いくらちゃんは「ばぶー」と「だーだー」しか言わないんだけど大人気。
もちろん来週の予告も「みればー?」ではなく「バアブー?」ってことで。
なんとなんと「ワカメさん」海外にも輸出が決定。その名も「ミセスワカメ」ってなんのひねりもありません。しかしこの「ミセスワカメ」海外でもでも大ヒット。新たな日本人妻の像を植え込み、第2の「おしん」現象をひきおこす。
外国旅行した日本の女性は必ず「ヘイ、ワカーメー!」と声をかけられ、結婚を申し込まれるありさまと相成りました。
・・・ほんとにくだらなくてすまん。
裸足で〜かけてく〜よ〜き〜なドラ〜えも〜ん♪
ってばか、ドラえもんはもともと裸足なんだよってそれ以前にそんな歌あるかあんぽんたん!なんてね。
そういえばサザエさんなんてここ何年かまともに見た記憶がないなー。
かつおも声変わり(?)したことだしそろそろサザエさんには退職してもらって世代交代といきましょうか、「ワカメさん」なんてどうかな?
なんとワカメさん中嶋君と結婚してしまって中島ワカメになっちゃった。子供の名前はグローバルな時代を視野に入れて、国際的にブラックバスってのは?中島ブラックバスちゃん。たらちゃんの「〜ですー」にたいしてブラックバスちゃんは語尾に「〜でんがらちょっちょ」なんてつけて新たなトレンドを生み出していくんだよ。
「ぼくもやるでんがらちょっちょー」なんてかわいすぎて流行ることうけあい。うきゃきゃ。
今の時代に借家ってのは似合わんから中島夫妻にはレオパレスに越してもらって、当然時世を反映して核家族共働きでブラックバスちゃんはかぎっ子なんだよね。
でもさびしくなんかないよ、だってたらお兄ちゃんが遊んでくれるからでんがらちょっちょ。ほら今日もきたでんがらちょっちょ。「ブラックバスちゃん遊んでやるですー」なんていーながら。
「ワカメさん」はこうして21世紀の家族アニメとして親しまれ、常時30%という高視聴率をたたきだしていくわけさ。
となればもちろん商魂たくましいこの時代、人気に便乗した姉妹番組なんかが登場、その名も「クレパスいくらちゃん」。ワカメがもう主婦なのになんでいくらちゃんがまだ子供なのかって矛盾は妄想なのでこの際排除して、もちろん、いくらちゃんは「ばぶー」と「だーだー」しか言わないんだけど大人気。
もちろん来週の予告も「みればー?」ではなく「バアブー?」ってことで。
なんとなんと「ワカメさん」海外にも輸出が決定。その名も「ミセスワカメ」ってなんのひねりもありません。しかしこの「ミセスワカメ」海外でもでも大ヒット。新たな日本人妻の像を植え込み、第2の「おしん」現象をひきおこす。
外国旅行した日本の女性は必ず「ヘイ、ワカーメー!」と声をかけられ、結婚を申し込まれるありさまと相成りました。
・・・ほんとにくだらなくてすまん。
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日本的根性論とウエイトトレーニング (その2)
2003年8月16日 連載どうもご無沙汰しまして。この間の続きやらしてもらいますね。
スポーツの技術の進展とウエイトトレーニング、関連ありまんがな。多いにありまんがな。
そもそも日本は技術立国のくせに、何故かスポーツに関して、科学的な見解を嫌う傾向にありますよね。
>保守派の誰か
「あたりまえじゃ!健全な肉体は健全な精神があってこそ宿るものじゃて。健全な精神とは当然感情を伴ったものじゃ。科学などという無機的なものが入り込む余地なぞこれっぽっちもありはせぬわ!」
でましたでました、健全な精神とやらが。だけど健全な精神ってなんじゃろね?
ひょっとしてうさぎ跳びしながら階段のぼったり、熱した砂に拳突っ込んだり、水分取らずにランニングしたりすることですかいな?
>保守派の誰か
「うるさいっ!鍛錬なのじゃ!そうすることで強靭な精神力が養われるのじゃ!忍耐力が養われるのじゃ!」
別に少林寺みたいにその組織の中だけでやってることならわたしゃなんの文句もありませんがな。でもあんた、今の日本じゃほとんどのスポーツがプロ化されてるでないかい。
世界と競おうってのに、いまだにものの見方が求道的過ぎますよ。それじゃあなかなか勝てませんぜや。つまり日本は鎖国したまま世界に挑戦してるように映って仕方がないのねん。
日本のその精神優越観をすべて否定はしませんよ。いいところいっぱいあるけどもやね、やっぱりかなり偏屈ですよ、排他的ですよって、次回検討していきまひょ。
スポーツの技術の進展とウエイトトレーニング、関連ありまんがな。多いにありまんがな。
そもそも日本は技術立国のくせに、何故かスポーツに関して、科学的な見解を嫌う傾向にありますよね。
>保守派の誰か
「あたりまえじゃ!健全な肉体は健全な精神があってこそ宿るものじゃて。健全な精神とは当然感情を伴ったものじゃ。科学などという無機的なものが入り込む余地なぞこれっぽっちもありはせぬわ!」
でましたでました、健全な精神とやらが。だけど健全な精神ってなんじゃろね?
ひょっとしてうさぎ跳びしながら階段のぼったり、熱した砂に拳突っ込んだり、水分取らずにランニングしたりすることですかいな?
>保守派の誰か
「うるさいっ!鍛錬なのじゃ!そうすることで強靭な精神力が養われるのじゃ!忍耐力が養われるのじゃ!」
別に少林寺みたいにその組織の中だけでやってることならわたしゃなんの文句もありませんがな。でもあんた、今の日本じゃほとんどのスポーツがプロ化されてるでないかい。
世界と競おうってのに、いまだにものの見方が求道的過ぎますよ。それじゃあなかなか勝てませんぜや。つまり日本は鎖国したまま世界に挑戦してるように映って仕方がないのねん。
日本のその精神優越観をすべて否定はしませんよ。いいところいっぱいあるけどもやね、やっぱりかなり偏屈ですよ、排他的ですよって、次回検討していきまひょ。
狂人は食わねど高楊枝
2003年8月15日ぐるる、ぐるるる。腹が鳴る鳴る今なん寺?
おおっ後2時間で日が変わるっ!
思えば昨日からチョコレート3つしか食ってないでごじゃるなー。はらへりへりはら。
腹が減ってちゃ戦はできんかもしれんが掃除くらいはできるでしょ。ってことで現在せっせと掃除中。
否!否否!
正しくは部屋がえ中。
♪飽ーきちゃった飽きちゃった、僕のお部屋はもう秋田♪
なんてひねもす歌ってたらば、うちのおかんが、「ほんなら、わてのお部屋と換えるかえ?」ってやったやった、刷り込み作戦見事に成功、双方合意の元に部屋がえじゃ部屋がえじゃ!
なんてやり始めたはいいけれど、片付かん片付かん。いっこうに片付かんではないか!
いったいなんじゃこの膨大な本の山はっ!
一度買ったものはなかなか処分できないってうちの家系の気質なのやねそのせいで、部屋と部屋とを何十往復、否、3桁いったんちゃいますか?
塵芥舞ってくしゃみが出るよくしゅんくしゅんっ!
こりゃあ今日中にゃすまねえなてやんでえ。ってもう2日目なんだよぐすんぐすん。
にゃろめニャロメ、おかん服買い過ぎやろうがえ!ひーっ、ひーっ、どたどたどた、ばたんきゅー。
ぷしゅぷしゅぷしゅ・・・・ぽすん。
それではまた明日!んあっぐっぐ。
おおっ後2時間で日が変わるっ!
思えば昨日からチョコレート3つしか食ってないでごじゃるなー。はらへりへりはら。
腹が減ってちゃ戦はできんかもしれんが掃除くらいはできるでしょ。ってことで現在せっせと掃除中。
否!否否!
正しくは部屋がえ中。
♪飽ーきちゃった飽きちゃった、僕のお部屋はもう秋田♪
なんてひねもす歌ってたらば、うちのおかんが、「ほんなら、わてのお部屋と換えるかえ?」ってやったやった、刷り込み作戦見事に成功、双方合意の元に部屋がえじゃ部屋がえじゃ!
なんてやり始めたはいいけれど、片付かん片付かん。いっこうに片付かんではないか!
いったいなんじゃこの膨大な本の山はっ!
一度買ったものはなかなか処分できないってうちの家系の気質なのやねそのせいで、部屋と部屋とを何十往復、否、3桁いったんちゃいますか?
塵芥舞ってくしゃみが出るよくしゅんくしゅんっ!
こりゃあ今日中にゃすまねえなてやんでえ。ってもう2日目なんだよぐすんぐすん。
にゃろめニャロメ、おかん服買い過ぎやろうがえ!ひーっ、ひーっ、どたどたどた、ばたんきゅー。
ぷしゅぷしゅぷしゅ・・・・ぽすん。
それではまた明日!んあっぐっぐ。
今年のお盆は僕たち家族、親族にとって特別な意味を持つ。
田舎に帰ればいつも迎えてくれたあの人を、今年は僕たちが迎えるのだ。
あのことを僕たちは生涯忘れることはない。そして、忘れちゃいけない。みんな自責の念にかられて苦しんでいる。だけど、それはみんなの責任であり、みんなの責任じゃないんだよ。
あの人が与えてくれたやさしさに、僕は何をもって報いたのか。いまさら悔やんだところで時は戻っちゃくれない。
幼い頃を思い出す。田舎に帰るのはいつも楽しかった。あの人に会えたから。あの人の作ってくれたお握りが楽しみだった。海苔を巻いたちッこい俵お握り。そうそう、自分は鶏肉が嫌いなのに、僕たちが来るといつも鳥のから揚げを作ってくれたっけ。
だけど、僕は成長とともに、だんだん家族や親族と接することが疎ましくなった。
高校時代、大学時代、田舎に帰ろうと思えばいつでも帰れたはずだ。話すことなんか無くていい。ただそばにいてあげるだけでよかったんだ。
強い人だと思っていた。
まさかこんな日が来るとは夢にも思わなかった。
僕はあの人の外見だけしか見ていなかったんだ。
やさしいから、やさしすぎたから、だれにも迷惑をかけたくなかったんだね。弱みをみせて心配させたくなかったんだね。もっと頻繁に会っていたら微妙な変化に気づけたかもしれない。でも実際に僕が知ったのは、あの日の一ヶ月前、忘年会の後だった。親にそのことを告げられても、まだ信じられなかった。でも今思えば、たしかに元気が無かった。あのときからもう決めていたんだね。
忘れちゃいけない。二度と人をこんな目にあわせないためにも。もう誰も傷つけたくないし、僕も傷つきたくないから。
実はあの時、僕も鬱だったんだ。きっと僕はそのことを逃げ道にしていたんだね。
僕は今、自分から病院にいってるよ。家族を悲しませたくないから。傷つけたくないから。
自分の弱さを認めることは弱さじゃないって気づいたんだ。僕は弱い人間だ。もうそのことを否定はしないよ。だから他人の力を借りながらでも、病気と闘おうと決めたんだ。同年代の人たちより遅くなるだろうけど、絶対立ち直ってみせるから。自分の足で立った、正しい人間になるから。
だからもう苦しまないで。ごめんね。ごめんね。
僕を後ろから見ていてね。見守っていてね。
田舎に帰ればいつも迎えてくれたあの人を、今年は僕たちが迎えるのだ。
あのことを僕たちは生涯忘れることはない。そして、忘れちゃいけない。みんな自責の念にかられて苦しんでいる。だけど、それはみんなの責任であり、みんなの責任じゃないんだよ。
あの人が与えてくれたやさしさに、僕は何をもって報いたのか。いまさら悔やんだところで時は戻っちゃくれない。
幼い頃を思い出す。田舎に帰るのはいつも楽しかった。あの人に会えたから。あの人の作ってくれたお握りが楽しみだった。海苔を巻いたちッこい俵お握り。そうそう、自分は鶏肉が嫌いなのに、僕たちが来るといつも鳥のから揚げを作ってくれたっけ。
だけど、僕は成長とともに、だんだん家族や親族と接することが疎ましくなった。
高校時代、大学時代、田舎に帰ろうと思えばいつでも帰れたはずだ。話すことなんか無くていい。ただそばにいてあげるだけでよかったんだ。
強い人だと思っていた。
まさかこんな日が来るとは夢にも思わなかった。
僕はあの人の外見だけしか見ていなかったんだ。
やさしいから、やさしすぎたから、だれにも迷惑をかけたくなかったんだね。弱みをみせて心配させたくなかったんだね。もっと頻繁に会っていたら微妙な変化に気づけたかもしれない。でも実際に僕が知ったのは、あの日の一ヶ月前、忘年会の後だった。親にそのことを告げられても、まだ信じられなかった。でも今思えば、たしかに元気が無かった。あのときからもう決めていたんだね。
忘れちゃいけない。二度と人をこんな目にあわせないためにも。もう誰も傷つけたくないし、僕も傷つきたくないから。
実はあの時、僕も鬱だったんだ。きっと僕はそのことを逃げ道にしていたんだね。
僕は今、自分から病院にいってるよ。家族を悲しませたくないから。傷つけたくないから。
自分の弱さを認めることは弱さじゃないって気づいたんだ。僕は弱い人間だ。もうそのことを否定はしないよ。だから他人の力を借りながらでも、病気と闘おうと決めたんだ。同年代の人たちより遅くなるだろうけど、絶対立ち直ってみせるから。自分の足で立った、正しい人間になるから。
だからもう苦しまないで。ごめんね。ごめんね。
僕を後ろから見ていてね。見守っていてね。
日本的根性論とウエイトトレーニング (その1)
2003年8月11日 連載イッチロー!まっつーいー!その他もろもーろー!
いやー、がんばってますねー彼ら日本人メジャーリーガー!
僕チン野球結構好きで見るんやよね。だけども最近は大リーグ中心なんだ。だって迫力万点パワーがあるじゃんあちらさんは。華やかだよね。それに比べて日本って野球だけでなくスポーツ全般にパワーがないよね。げはははっは!
>保守派の誰か
「怒っ!怒っ!!怒っ!!!
無礼な無礼なこの非国民めがっ!」
いえいえ、僕は生粋の愛国主義者だよ、国粋主義者じゃないけどさ。
なら聞くけども、日米対抗戦いつもどっちが勝ち越してる?ホームランが多い?
>保守派の誰か
「くくっ、それはしょうがないのじゃ。もともとパワーが違うのじゃ。体の出来が違うのじゃよ。し かし精神根性では負けとらんのじゃ!こんたわけ!非国民!!」
だから僕は非国民じゃないってば。小説家の阿川弘之さんも言ってるじゃない。『国を思えば腹が立つ』ってさ。
そもそも今おっしゃられた体の出来が違うってのが気にくいませんのよあっしは。
結論から言うと、日本人と外人は、確かに骨格は違うかもしれないけど肉体的にはもともとそれほど変わらないんじゃないのってこと。
と、ここで出てくるウエイトトレーニング。偏見あるよねー。ウエイトトレーニングに対する偏見が日本には厳然としてありますよねー。
はっきり申しましょう。この偏見こそが日本のスポーツ界の技術的な、かつフィジカルの進歩を阻んでいるのだと!!!
>保守派の誰か
「な、なにうぉー、うぉーうぉー・・・」
続く・・・。
いやー、がんばってますねー彼ら日本人メジャーリーガー!
僕チン野球結構好きで見るんやよね。だけども最近は大リーグ中心なんだ。だって迫力万点パワーがあるじゃんあちらさんは。華やかだよね。それに比べて日本って野球だけでなくスポーツ全般にパワーがないよね。げはははっは!
>保守派の誰か
「怒っ!怒っ!!怒っ!!!
無礼な無礼なこの非国民めがっ!」
いえいえ、僕は生粋の愛国主義者だよ、国粋主義者じゃないけどさ。
なら聞くけども、日米対抗戦いつもどっちが勝ち越してる?ホームランが多い?
>保守派の誰か
「くくっ、それはしょうがないのじゃ。もともとパワーが違うのじゃ。体の出来が違うのじゃよ。し かし精神根性では負けとらんのじゃ!こんたわけ!非国民!!」
だから僕は非国民じゃないってば。小説家の阿川弘之さんも言ってるじゃない。『国を思えば腹が立つ』ってさ。
そもそも今おっしゃられた体の出来が違うってのが気にくいませんのよあっしは。
結論から言うと、日本人と外人は、確かに骨格は違うかもしれないけど肉体的にはもともとそれほど変わらないんじゃないのってこと。
と、ここで出てくるウエイトトレーニング。偏見あるよねー。ウエイトトレーニングに対する偏見が日本には厳然としてありますよねー。
はっきり申しましょう。この偏見こそが日本のスポーツ界の技術的な、かつフィジカルの進歩を阻んでいるのだと!!!
>保守派の誰か
「な、なにうぉー、うぉーうぉー・・・」
続く・・・。