自分の人生を拓くのは自分しかできない。
2009年4月4日 日常
朝の八時までまんじりともせず、そこからようやく意識が薄れ、目覚めたのがPM:3.00。
平日は株をするが、土日は、株がないので、これといって特にすることもない。
いや、することがないというのは正確に言えば違うのであって、こういうときこそ最もするべき読書にいそしむべきなのである。
しかし、先日に日記にも書いた通り、自分の部屋ではどうにも読書がはかどらない。
そういえば、この間訪問したO君宅は自分にとってパラダイスだとのたまっていたら、O君が「いつでも来て読書していいですよ」というようなことを言っていた。
ということでO君の家で読書をさせてもらうことになった。
行きがけに花粉症用の漢方薬をドラッグストアに買いにいったら面白いものを見つけた。
ネオシーダーといって、見た目タバコなのに、医薬品で吸うと咳を沈め痰を切るらしい。
試しに買ってみた。
O君宅では、お互いに、何をしゃべるわけでもなく、黙々と読書。
ソファが丁度いい塩梅の角度で、実に捗る。
自分の部屋のように寒くない。
何より炬燵があるというのが良い。
PM:9.00あたり、腹が減ってくる。
晩飯をどこかで食おうとAさんも誘ったら、夕飯は食えないが映画を観にいこうということになった。
夕飯は最近森町に出来たラーメン屋に行ってみたがすでに材料が切れてり、閉店していた。
ラーメンが食いたい気分だったので、「く~た」に行った。
入ると、以前同じ工場で働いていた同僚がいたのでビビッた。
その後パークプレイスへ行き、Aさんと合流。
二人にネオシーダーを吸わせてみたところ、クサイ、マズイという評価。
僕も吸ってみたが、線香花火のようなにおいがして、その後は吸っている気がしなかった。
映画は、「イエスマン“YES”は人生のパスワード」(http://wwws.warnerbros.co.jp/yesman/)を観た。
人生で拒否ばかりしている男が、すべて聞かれたことにイエスと答えることで人生が変わると教え込むカルト教団にそそのかされてイエスと言っているうちにほんとに自分の人生が良い方向に転換していくという作品。
しかし、最後には、男はイエスと言うことの本当の意義を見出す。カルトや、信者に対する皮肉や、洗脳の恐ろしさをコメディに上手く織り込んでいる。
イエスということが大切なんではなく、何事にも好奇心を持って、楽しみたいと思うことがイエスと自然と心から言えるポジティブな姿勢を作りだし、その姿勢こそ人生を広げ豊かにしていくのだということ。
だから、もちろん、何でもイエスと言うことが良い訳ではない。
日本という国は外国に対して常にイエスマンだからなめられる部分もある。日本人はあいまいに否定するからメイビーマンかもしれないな。
新しいことに挑戦するのは、誰でも恐い。
失敗もある、苦い経験もある、だけど、新しい世界、新しい経験をすることで沢山の出会いや楽しい経験、そして自分の人生を豊かにする可能性もまた生まれる。
恐いからといって避けていては、いつまでも現状は変わらない。
どこかに行こう、何かをしようと誘われて断りつづければその後はない。次もないかもしれない。
抑鬱傾向にあるとそんな感じになる。
苦しい、寂しい、誰もわかってくれないと思うが、外界で人と接したり何かをやろうとはしない。しないものだから、ますます、考えが歪み、偏執的になってしまい、自分で状況を悪化させてしまう。
誰かにわかってもらいたくば、人と接する他ない。
孤独が寂しいなら、自ら外の世界に出るしかないのだ。
といってもそんなに簡単に出来るものではないが、この映画は、自分の人生を豊かにするか否かは結局自分の姿勢如何である、という、何事にも好奇心を持ってポジティブに行動すべき勇気と気概を与えられた気分になる、まさに僕が好むところとする題材であったので結構良かった。
しかし、ジム・キャリーが人間嫌いという設定は少々無理があるが。
その後、ジョイフルで朝の5時くらいまで粘った。
平日は株をするが、土日は、株がないので、これといって特にすることもない。
いや、することがないというのは正確に言えば違うのであって、こういうときこそ最もするべき読書にいそしむべきなのである。
しかし、先日に日記にも書いた通り、自分の部屋ではどうにも読書がはかどらない。
そういえば、この間訪問したO君宅は自分にとってパラダイスだとのたまっていたら、O君が「いつでも来て読書していいですよ」というようなことを言っていた。
ということでO君の家で読書をさせてもらうことになった。
行きがけに花粉症用の漢方薬をドラッグストアに買いにいったら面白いものを見つけた。
ネオシーダーといって、見た目タバコなのに、医薬品で吸うと咳を沈め痰を切るらしい。
試しに買ってみた。
O君宅では、お互いに、何をしゃべるわけでもなく、黙々と読書。
ソファが丁度いい塩梅の角度で、実に捗る。
自分の部屋のように寒くない。
何より炬燵があるというのが良い。
PM:9.00あたり、腹が減ってくる。
晩飯をどこかで食おうとAさんも誘ったら、夕飯は食えないが映画を観にいこうということになった。
夕飯は最近森町に出来たラーメン屋に行ってみたがすでに材料が切れてり、閉店していた。
ラーメンが食いたい気分だったので、「く~た」に行った。
入ると、以前同じ工場で働いていた同僚がいたのでビビッた。
その後パークプレイスへ行き、Aさんと合流。
二人にネオシーダーを吸わせてみたところ、クサイ、マズイという評価。
僕も吸ってみたが、線香花火のようなにおいがして、その後は吸っている気がしなかった。
映画は、「イエスマン“YES”は人生のパスワード」(http://wwws.warnerbros.co.jp/yesman/)を観た。
人生で拒否ばかりしている男が、すべて聞かれたことにイエスと答えることで人生が変わると教え込むカルト教団にそそのかされてイエスと言っているうちにほんとに自分の人生が良い方向に転換していくという作品。
しかし、最後には、男はイエスと言うことの本当の意義を見出す。カルトや、信者に対する皮肉や、洗脳の恐ろしさをコメディに上手く織り込んでいる。
イエスということが大切なんではなく、何事にも好奇心を持って、楽しみたいと思うことがイエスと自然と心から言えるポジティブな姿勢を作りだし、その姿勢こそ人生を広げ豊かにしていくのだということ。
だから、もちろん、何でもイエスと言うことが良い訳ではない。
日本という国は外国に対して常にイエスマンだからなめられる部分もある。日本人はあいまいに否定するからメイビーマンかもしれないな。
新しいことに挑戦するのは、誰でも恐い。
失敗もある、苦い経験もある、だけど、新しい世界、新しい経験をすることで沢山の出会いや楽しい経験、そして自分の人生を豊かにする可能性もまた生まれる。
恐いからといって避けていては、いつまでも現状は変わらない。
どこかに行こう、何かをしようと誘われて断りつづければその後はない。次もないかもしれない。
抑鬱傾向にあるとそんな感じになる。
苦しい、寂しい、誰もわかってくれないと思うが、外界で人と接したり何かをやろうとはしない。しないものだから、ますます、考えが歪み、偏執的になってしまい、自分で状況を悪化させてしまう。
誰かにわかってもらいたくば、人と接する他ない。
孤独が寂しいなら、自ら外の世界に出るしかないのだ。
といってもそんなに簡単に出来るものではないが、この映画は、自分の人生を豊かにするか否かは結局自分の姿勢如何である、という、何事にも好奇心を持ってポジティブに行動すべき勇気と気概を与えられた気分になる、まさに僕が好むところとする題材であったので結構良かった。
しかし、ジム・キャリーが人間嫌いという設定は少々無理があるが。
その後、ジョイフルで朝の5時くらいまで粘った。
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