筋肉とは一つの世界であり、一つの宇宙である。
このようなことを何かの本で読んだ。
筋肉トレーニングをマスターしたものは、いつしかトレーニングの最中に無我の境地にいたり、自分がこの地球と一体化していることを感得するのだという。
トランス状態だとか、軽い貧血だとかそんな言葉では汚すことのできない聖域が、筋トレの到達点には確かにあるらしい。
僕も、一度でいいから地球との共鳴を果たしてみたいと思うのだが、気が向いたときに間歇的にやっているようでは、到底辿り着くことは不可能だろう。
O君が肉体を変えたいという。
肉体を変えることにより、何らかの化学変化が日常に起こらないだろうかという期待は誰もが抱きうる好奇心であり、そしてあながち的を外してはいない。
ただ、どういった変化が起こるのかは各々に固有のものであり、それを予測することは誰にもできない。
期待以上の変化であったり、期待にそぐわないものであったり、はたまた想像だにできない異形の変化が起こりうる場合も考えられる。
僕はただ、O君にトレーニングの方法を教授するのみである。
冷やかしにハローワークに顔を出した後、僕達は大洲の体育館へと向かった。
トレーニングの内容は、今回は上半身に限定した。
下半身までやってしまうと、おそらくO君は明日身動きが取れなくなるだろう。
O君は、筋トレが初めてなので、あまり高負荷で追い込むことはしない。まずは形を覚えてもらうことが大切だ。
僕もそれに合わせて、軽めのトレーニングにする。
まず僕がやり、同じことを国木田君もやる。
メニューの順序は、ざっとこんな感じだ。
・胸
・背中
・上腕二頭筋
・上腕三頭筋
・肩
・前腕
・背筋
・腹筋
部位ごとにトレーニングの種目を2種類から3種類、1セット8回~12回を2~3セットする。
しばらくぶりのトレーニングに細胞が沸き立つ。
トレーニングは、肉体の持つ欲望をあらわにさせる。
筋肉の息遣いが脳幹に伝わり、人間の持つ野生の好戦性という本能が目覚め、さらに肉体を酷使しだす。
その過剰なまでの高揚感は戦場に赴くもののふのごとく己をより危険の域へと引きこむ。明日のわが身の激痛など省みず、限界値へと突入しようとする。しかしまた、傷つけられることで筋肉は陶酔する。
マゾヒズムとサディズムが肉体という戦場でせめぎあう、それがこの世界だ。
肉体は、ちぎれ、傷つきながらも血液というドーパミンを細胞内に激流のごとく奔出させ、はちきれんばかりにパンプアアップし、狂喜の叫びをあげる。
まるでボンレスハムのように肥大した上腕二頭筋を目にしたO君は「ひゃっひょっ!」
と言葉ともつかない驚嘆の吐息を漏らす。
彼にも、三ヶ月もすれば、程なく同じ変化が自分の体に現れることをまだ知らない。
一時間はとおに過ぎた、さらにもう一時間が経とうとするころ、ようやく肉体は満足の意を表明し弛緩した。
我々は肉体に勝利し、そして敗北した。
この世界は広大だ、そして、絶え間ない戦場だ。
好奇の念で飛び込んだ挑戦者達の多くは返り討ちにあっていった。
勇気と忍耐と克己心の強いものだけがこの世界で生き続け、世界を広げられる。
O君は今、その最初に立った。
体育館をでて、隅の喫煙所でタバコをふかす。
銃を放った後の硝煙のごとき煙が体を纏わる。
我々は今日戦場を生き抜いた。
ニコチンが血液にくすぶる興奮の残滓を払いのける。
火照りきった肉体には、肌を刺すような寒風も暖かい毛布のように感じられた。
このようなことを何かの本で読んだ。
筋肉トレーニングをマスターしたものは、いつしかトレーニングの最中に無我の境地にいたり、自分がこの地球と一体化していることを感得するのだという。
トランス状態だとか、軽い貧血だとかそんな言葉では汚すことのできない聖域が、筋トレの到達点には確かにあるらしい。
僕も、一度でいいから地球との共鳴を果たしてみたいと思うのだが、気が向いたときに間歇的にやっているようでは、到底辿り着くことは不可能だろう。
O君が肉体を変えたいという。
肉体を変えることにより、何らかの化学変化が日常に起こらないだろうかという期待は誰もが抱きうる好奇心であり、そしてあながち的を外してはいない。
ただ、どういった変化が起こるのかは各々に固有のものであり、それを予測することは誰にもできない。
期待以上の変化であったり、期待にそぐわないものであったり、はたまた想像だにできない異形の変化が起こりうる場合も考えられる。
僕はただ、O君にトレーニングの方法を教授するのみである。
冷やかしにハローワークに顔を出した後、僕達は大洲の体育館へと向かった。
トレーニングの内容は、今回は上半身に限定した。
下半身までやってしまうと、おそらくO君は明日身動きが取れなくなるだろう。
O君は、筋トレが初めてなので、あまり高負荷で追い込むことはしない。まずは形を覚えてもらうことが大切だ。
僕もそれに合わせて、軽めのトレーニングにする。
まず僕がやり、同じことを国木田君もやる。
メニューの順序は、ざっとこんな感じだ。
・胸
・背中
・上腕二頭筋
・上腕三頭筋
・肩
・前腕
・背筋
・腹筋
部位ごとにトレーニングの種目を2種類から3種類、1セット8回~12回を2~3セットする。
しばらくぶりのトレーニングに細胞が沸き立つ。
トレーニングは、肉体の持つ欲望をあらわにさせる。
筋肉の息遣いが脳幹に伝わり、人間の持つ野生の好戦性という本能が目覚め、さらに肉体を酷使しだす。
その過剰なまでの高揚感は戦場に赴くもののふのごとく己をより危険の域へと引きこむ。明日のわが身の激痛など省みず、限界値へと突入しようとする。しかしまた、傷つけられることで筋肉は陶酔する。
マゾヒズムとサディズムが肉体という戦場でせめぎあう、それがこの世界だ。
肉体は、ちぎれ、傷つきながらも血液というドーパミンを細胞内に激流のごとく奔出させ、はちきれんばかりにパンプアアップし、狂喜の叫びをあげる。
まるでボンレスハムのように肥大した上腕二頭筋を目にしたO君は「ひゃっひょっ!」
と言葉ともつかない驚嘆の吐息を漏らす。
彼にも、三ヶ月もすれば、程なく同じ変化が自分の体に現れることをまだ知らない。
一時間はとおに過ぎた、さらにもう一時間が経とうとするころ、ようやく肉体は満足の意を表明し弛緩した。
我々は肉体に勝利し、そして敗北した。
この世界は広大だ、そして、絶え間ない戦場だ。
好奇の念で飛び込んだ挑戦者達の多くは返り討ちにあっていった。
勇気と忍耐と克己心の強いものだけがこの世界で生き続け、世界を広げられる。
O君は今、その最初に立った。
体育館をでて、隅の喫煙所でタバコをふかす。
銃を放った後の硝煙のごとき煙が体を纏わる。
我々は今日戦場を生き抜いた。
ニコチンが血液にくすぶる興奮の残滓を払いのける。
火照りきった肉体には、肌を刺すような寒風も暖かい毛布のように感じられた。
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