今、僕たちの仕事はライン作業だ。
まだ立ち上げたばっかりで、皆、精神的、体力的にカツカツのところで頑張ってる。だからちょっとぴりぴりしたムードでも仕方がないと思う。
ライン作業っていうのは、一人が出来てもダメだし、皆が一丸となって協力しあってやる一つのチームだ。
前にも書いたけど、僕は誰かの作業が遅いとか速いとか、誰が仕事できるとか出来ないとか、ほとんど気にしないし苦にもならない。
だから、僕の前にどれだけ製品が溜まろうが、逆にどれだけ流れてこなかろうが、しょうがないな、って思うくらいのもので腹も立たなければストレスにもならない。
たとえ、誰かの作業の遅延で残業になっても、その人が頑張っているのであれば、何の不満もない。
なぜなら、人によって能力差があるのは当たり前だし、各々の工程の難しさだって、その工程をやったことない僕には判断の出来ないことで、口出しする立場にないからだ。
どの工程がきついか、で見るのではなく、その人の能力に対して、その工程はどのくらいきついのか、で見ていくのが正しい認識だと思っている。
問題なのは、ただ一つ、一生懸命やっているか否か、ただそれだけだ。
一生懸命やっていなければ、不満をもたれる理由はそこに存在する。
だけど、皆が、各々の能力に応じて、精一杯頑張っているのであれば、それ以上のことを求むべくもなければ、不満を持つ理由もない。
ただ、お互いが、お互いの足りない部分を補い合い、全体としての達成を目指して協力しあえばいいだけの話だ。
仕事の量が多い人がきついのでも不公平なのでもなく、個人の能力の中で精一杯やっているなら、皆同じ度合いできついし平等だ。だから、仕事の量の多寡で不満を持つのも間違いだ。

僕だって、後ろを手待ちにさせないために、目標台数をラインとしてあげるために頑張っているつもりだ。
休憩や飯を抜く時だってある。
だけど工具の調子が悪かったり調整が難しかったりして、どうしても前に溜まったり、後ろに流れるのが滞ったりすることだってある。
誰が好き好んで、後ろを手まちにしたいと思うだろう?
僕が一番嫌なことは、人に迷惑をかけることなのに。

自分の工程に手一杯で、周りの状況が判断しにくいのはわかる。だけど一生懸命やってるか否かはその人の姿を見ればおおよその判断はつくはずだ。

暇なときは、茶化しあったり、相手の工程に対するネガティブなことを言うのは場を和ませコミュニケーションになる。
だけど、人が一生懸命やっているときに、自分の工程や自分の感情だけを尺度に相手の工程に対するネガティブなことを言うのは、一生懸命やっている相手に逆にプレッシャーという追い討ちをかけ、精神的に追い詰めているだけだ。
言うべき空気なのか否か、どのくらいまでなら言っていいのかとかいうのは、その人の姿を見ればおおよそ察することが出来るはず。

相手が一生懸命にやっているときは、励まし協力する。一緒に頑張ろうと思う。それがチームワークというものだ。

僕は滅多な事では腹を立てない自負があるが、理不尽なことには腹も立つ。落ち度があるなら諭してくれればいいだけのこと。
自分が責められる理由がさほど見つからないのに、あたかも自分の責任かのように言われつづけることは理不尽だ。

僕の工程は、爆発(切れる)人が多いという。
僕は大丈夫だろうと思っていたけど、今日爆発してしまった。
だけど工具の悪さに切れたんじゃない。それは我慢できる。
僕が爆発したのは、チームワークに対する認識の相違から来る理不尽にたいしてだ。

でも切れるべきじゃなかった。これは素直に僕の落ち度です。
チームワークとは、場の雰囲気が何より重要やもんね。
ごめんなさい。

コメント

nophoto
2008年3月5日23:25

いじめ撃退法

nophoto
2008年3月6日12:41

いじめ撃退法

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