聖なる映画特集、残る2作『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』と、ジャンヌ・ダルク裁判』を見てきた。
『裁かるるジャンヌ』はもう見たので、チケットを買うつもりなかったんだけど、どういう訳か最終日は、『裁かるる〜』と『〜裁判』を一緒にしか販売していなかったので、仕方なくセットで購入。金がないのに。

でも、数日前に『裁かるる〜』は見たばかりだったので、その時間は昨日買ったドライヤーのパンフレットを読むことに費やした。
今日一日で全部読んでしまった。

映画のレビューは後日別に記すこととして、ジャンヌダルク2作品上映後に行なわれた映画評論家の村山匡一郎氏のトークが、非常に興味深かった。
氏の述べたことは、今後ドライヤーについて書くとき、そして作品のレビューなどに適宜盛り込んでいこうかなあと考えてる。

僕の後ろに座っていた恐ろしくイケメンな男性とインテリ風の美女のフランスだかイタリアだかのカップルは、トークの時にしきりにメモをとっていた。
でも彼らはそのあとの小津安二郎の『秋刀魚の味』を見ることなく帰って行った見てくれよ〜。

この一週間で、9本の作品を見た。一本を除いてすべて白黒作品だったけど、現代に残っているこういった作品は、長い年月を経ても人々からの支持を失わず、そぎ落とされ淘汰されていく中で生き残った作品達だ。それはつまり、時代を問わず僕達の心に何かしらの感情を湧き起こす普遍性を有していると言うこと。
僕が見たこれらの作品は例外なく人間が描かれていた。
白黒だから、昔の作品だからと敬遠するのはもったいない。
今の時代まで生き延びた作品は、いわば我々人間の精神が選び取った作品であるはずだから。
今の作品にも後世に残る普遍性を有した作品はあるだろう。しかし、50年後、100年後に残っているであろうその作品を、現在の膨大な作品の中から見つけ出すことは困難だ。だからこそ、僕達はこれら生き延びた過去の作品を傑作だとか名作だとか呼んでいるんだと思う。
僕は今の作品ももちろん見るが、過去の作品も沢山見ていきたい。
人間の感情における普遍性とは、感動に他ならない。感動は人生の養分だ。人生を豊かにしてくれるものだ。
そういった養分を含んだ作品に接するのは、時代性にそぎ落されていって、なおかつ生き延びている、大勢の人たちの感情を喚起させる普遍性を持っている過去の作品に触れるのが確率として最も確実だ。
人生の時間は短い。実りある人生にするために、精神の充実を求めるなら、現代の映画作品は、吟味して選択していかなければならないだろう。

と、そんなことを感じたりもしたこの一週間だった。

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