読書 『光あるうち光の中を歩め』
2006年7月15日 読書〔小説・詩〕 コメント (2)
ISBN:410206012X 文庫 原 久一郎 新潮社 1952/06 ¥340
この物語の主人公ユリウスは、ある事故をきっかけに様々な不幸にみまわれ、自分の幸福がいかに些細な偶然に依拠していたかに気づきます。様々な迷いの果てにユリウスは、キリストの道へとはいるのです。
この時期(事故にあった)に僕がこの本を手に取ったのは偶然ですが、幸運でした。僕もユリウスのように迷いの中にいて、この本を読むことで自分の生活を見直す機会を得ました。
僕はキリスト者ではありませんが、煎じ詰めればトルストイと同じような希望を抱くに至ります。ですが、おそらくトルストイはこの思想を強く心に抱くようになってから実際は妻と不和になったのではないかと思います(詳しいことはよく知りませんが)。
現実と理想は甚だしく乖離しています。僕は迷いの中、ユリウスのような道を歩むことはないでしょうし出来ないでしょう。しかしながら、ユリウスのような思いを抱きながら、自分の生活を改善し、そして自分の人生に確固とした芯を作り出すことは不可能ではないだろうと思います。その芯は幸せの尺度となり得るものです。他のどんな欲や他人の人生に対する嫉妬や焦燥感によっても動じることのない、自分の生活の支柱となってくれるはずです。
欲望や野心、功名心などの渦巻く俗世間にどっぷりつかっている豪商ユリウスと、古代キリスト教の世界に生きるパンフィリウス。ユリウスは何度かキリスト教の世界に走ろうと志しながらも、そのたびに俗世間に舞い戻るが、しかし、長い魂の彷徨の末についに神の道に入る。―福音書に伝えられているキリストの教えに従って生きよと説いた晩年のトルストイの思想を端的に示す。
この物語の主人公ユリウスは、ある事故をきっかけに様々な不幸にみまわれ、自分の幸福がいかに些細な偶然に依拠していたかに気づきます。様々な迷いの果てにユリウスは、キリストの道へとはいるのです。
この時期(事故にあった)に僕がこの本を手に取ったのは偶然ですが、幸運でした。僕もユリウスのように迷いの中にいて、この本を読むことで自分の生活を見直す機会を得ました。
僕はキリスト者ではありませんが、煎じ詰めればトルストイと同じような希望を抱くに至ります。ですが、おそらくトルストイはこの思想を強く心に抱くようになってから実際は妻と不和になったのではないかと思います(詳しいことはよく知りませんが)。
現実と理想は甚だしく乖離しています。僕は迷いの中、ユリウスのような道を歩むことはないでしょうし出来ないでしょう。しかしながら、ユリウスのような思いを抱きながら、自分の生活を改善し、そして自分の人生に確固とした芯を作り出すことは不可能ではないだろうと思います。その芯は幸せの尺度となり得るものです。他のどんな欲や他人の人生に対する嫉妬や焦燥感によっても動じることのない、自分の生活の支柱となってくれるはずです。
コメント
僕も、今のこういった気分の時だからこそ、このタイトルに惹かれて読み出したのだと思います。
光あるうちに進むとは、信仰に限らず、何にか自分の目標や望みに向かって行動すること、希望を持つことを意味するのではないかと思います。自分の生き方を見つけるまでに人によって時間の長短はあると思いますが、この本では、老いた老人にも光を残しています。
光は生涯にわたって途絶えることはないと思うんです。いつになっても遅いことはないと思いますよ^^