きっかけを掴めば、人は伸びる
2006年3月15日 TV コメント (2)
録画していた番組を見ました。
今日はNHKの「プロフェッショナル〜仕事の流儀」という、おそらくはプロジェクトXの後継番組。プロジェクトXよりも仰々しくないのがいいですね。
取り上げられていた塾の英語講師、竹岡広信さん。漫画やドラマでやっている「ドラゴン桜」のモデルの人らしいです。僕はドラゴン桜を見たことないので、どんな漫画だかドラマだか知らないけど、この竹岡広信さんの考えややっていることは、とても共感しますし、すばらしいですね。
積めこむのではなく、いかに興味を持たせるか。英語を好きにさせるかを考えています。彼は英語を好きにさせるためのきっかけを与えているといえるでしょう。生徒がきっかけさえ掴んで、英語に興味を持てば、あとはそれほどの苦労はなく、すんなりと学力はついてくるものであるということです。
本当の学力をつけるには、急がば回れ。
僕は、公務員を目指していたときに、誰々がこういった本を書いていた、ということが問題としてでることに疑問を感じて、その人達の本を実際に読みました。ソクラテスとか、政治学ならマキャベリやロック。結局、時間はかかり、公務員は受かりませんでしたが^^;、忘れることのない深い知識を得ることができたと思っています。
然るに、試験というやつは、穴埋めとかではなくて論文形式にしたらいいのにとか思いもしましたが、採点する人の主観が入るし、採点にものすごい労力がかかることから難しいでしょうね。
以前人からいわれてもっともだと思ったのですが、試験のための学科試験というやつは、その成績を見るというよりも、そういった課題(あるいは興味のないことでも)しっかりと身につけることのできる忍耐力や姿勢を問われているらしいのです。そういう面では、興味のないことは中々身につかない僕は落第ももっともですね。
閑話休題。
人はきっかけを掴めば勝手に伸びていく。これは真実だと思います。
この「きっかけ」というやつを掴む方法ですが、それは与えられるだけではないと思うんです。そしてきっかけは偶然やってくるものともいいきれないと思います。僕達はきっかけを自分で探して掴むことが出来ると思うんです。例えば生きがいがない、と嘆く場合、嘆いてるだけではきっかけは偶然であうか誰かから与えられない限りは訪れません。しかし、なんでもいいからやってみるという模索をすることで、自分の生きがいとなる何かに興味を持たせるきっかけを掴むことができるかもしれません。
僕が人間不信でどん底だったとき、そのまま何もしなければ、今のようにはなっていなかったと思います。人間不信から立ち直りたいが為に、たくさんの本を読んだり、映画を見たり、サークルに入ったりして、立ち直るきっかけを探したことが、僕をここまで立ち直らせたんだと思います。
今の僕はまだ人間不信から完全に解き放たれていないので、解き放たれるきっかけを探しつづけているところですが、その途中で、僕は読書や映画鑑賞が趣味となるきっかけと出会い、それがいろんなことを知ることへの喜びを知るきっかけなりました。これらは読書や映画に接していく中で偶然に出会ったようにも思えますが、僕が人間不信からの脱却を探す過程で、読書や映画に触れなければであうことがなかったと考えれば、僕が探して掴んだきっかけともいえると思います。
きっかけは、探せば以外にたくさん落ちているものだと思いますよ。
今日はNHKの「プロフェッショナル〜仕事の流儀」という、おそらくはプロジェクトXの後継番組。プロジェクトXよりも仰々しくないのがいいですね。
取り上げられていた塾の英語講師、竹岡広信さん。漫画やドラマでやっている「ドラゴン桜」のモデルの人らしいです。僕はドラゴン桜を見たことないので、どんな漫画だかドラマだか知らないけど、この竹岡広信さんの考えややっていることは、とても共感しますし、すばらしいですね。
積めこむのではなく、いかに興味を持たせるか。英語を好きにさせるかを考えています。彼は英語を好きにさせるためのきっかけを与えているといえるでしょう。生徒がきっかけさえ掴んで、英語に興味を持てば、あとはそれほどの苦労はなく、すんなりと学力はついてくるものであるということです。
本当の学力をつけるには、急がば回れ。
僕は、公務員を目指していたときに、誰々がこういった本を書いていた、ということが問題としてでることに疑問を感じて、その人達の本を実際に読みました。ソクラテスとか、政治学ならマキャベリやロック。結局、時間はかかり、公務員は受かりませんでしたが^^;、忘れることのない深い知識を得ることができたと思っています。
然るに、試験というやつは、穴埋めとかではなくて論文形式にしたらいいのにとか思いもしましたが、採点する人の主観が入るし、採点にものすごい労力がかかることから難しいでしょうね。
以前人からいわれてもっともだと思ったのですが、試験のための学科試験というやつは、その成績を見るというよりも、そういった課題(あるいは興味のないことでも)しっかりと身につけることのできる忍耐力や姿勢を問われているらしいのです。そういう面では、興味のないことは中々身につかない僕は落第ももっともですね。
閑話休題。
人はきっかけを掴めば勝手に伸びていく。これは真実だと思います。
この「きっかけ」というやつを掴む方法ですが、それは与えられるだけではないと思うんです。そしてきっかけは偶然やってくるものともいいきれないと思います。僕達はきっかけを自分で探して掴むことが出来ると思うんです。例えば生きがいがない、と嘆く場合、嘆いてるだけではきっかけは偶然であうか誰かから与えられない限りは訪れません。しかし、なんでもいいからやってみるという模索をすることで、自分の生きがいとなる何かに興味を持たせるきっかけを掴むことができるかもしれません。
僕が人間不信でどん底だったとき、そのまま何もしなければ、今のようにはなっていなかったと思います。人間不信から立ち直りたいが為に、たくさんの本を読んだり、映画を見たり、サークルに入ったりして、立ち直るきっかけを探したことが、僕をここまで立ち直らせたんだと思います。
今の僕はまだ人間不信から完全に解き放たれていないので、解き放たれるきっかけを探しつづけているところですが、その途中で、僕は読書や映画鑑賞が趣味となるきっかけと出会い、それがいろんなことを知ることへの喜びを知るきっかけなりました。これらは読書や映画に接していく中で偶然に出会ったようにも思えますが、僕が人間不信からの脱却を探す過程で、読書や映画に触れなければであうことがなかったと考えれば、僕が探して掴んだきっかけともいえると思います。
きっかけは、探せば以外にたくさん落ちているものだと思いますよ。
コメント
「試験のための学科試験というやつは、その成績を見るというよりも、そういった課題(あるいは興味のないことでも)しっかりと身につけることのできる忍耐力や姿勢を問われているらしいのです。」
なるほど!そうだったんだね!今更気付いても遅い気もするけど、子どもと一緒に勉強やりなおそう。
漫画、面白いのかな^^
試験に対する見解は、本当にそういう趣旨なのかはわからないけど、説得力ありますよね〜。僕は、忍耐力ないからなあ^^;
一番いいのは、試験に興味を持てることなんでしょうね〜。そしたら、勉強も遊びになりますよね☆