舞台と映画、ふたつの世界で半世紀役者を続けてきた仲代達矢さん、72歳。 
 9年前、妻の恭子(やすこ)さんをガンで亡くした。人生と仕事のパートナーを喪った悲しみは深く、遺骨は未だに自宅の和室に置かれている。そんな仲代さんが、老いを迎えた今、新しい舞台に挑戦しようとしている。
 演目は『ドライビング・ミス・デイジー』。アメリカ南部で誰にも頼らずひとり暮らしをする頑固なユダヤ人女性・デイジーと彼女を優しく見守る黒人運転手・ホークの二人が年老いてゆく25年間の交流を描いた名作だ。仲代さんは、老いと孤独という、自分自身にとって最も身近なテーマを取り上げたこの芝居を、人生の新しいステージへの出発に選んだ。
 仲代さんが演じるのは黒人運転手・ホーク。デイジー役は仲代さんと同世代で劇団民藝の看板女優・奈良岡朋子さんが演じる。
 番組では、一人暮らしの日常から大量の台詞にかつてないほど苦しむ劇団民藝での稽古、自宅の寝室の壁に貼り付けた台詞を暗闇のなかで覚える鬼気迫る稽古、そして石川県・能登演劇堂での初日まで、仲代さんの40日に密着。老いてなお、新しい自分と向き合うその摸索を描く。
僕が日本の俳優の中で、おそらくはもっとも敬愛しうべきは、この仲代達矢である。
映画「切腹」を鑑賞してのち、その思いはさらに強くなる。
仲代が一流であることは衆目一致するところだろうが、一流の中ではやや不遇の扱いを受けているような印象を僕は受けてきた。
僕は過去の日記で、三船や勝新は映画的で、仲代は演劇的だと表現した。
三船や、勝新には、華がある。それは持って生まれた強烈なもので、一目でそれとわかるような種類のものだ。
一方仲代は、彼等ほどの華を感じない。かわりに、彼の演技は燻し銀とでもいうべきものである。その背後には、才能ももちろんあるが、それ以上に努力、厳しさ、を感じる。今のスタイル、技術は長いあいだの研鑚の賜物であるといったような。

今回の人間ドキュメントでは、老眼によって文字が良く見えない、記憶力の低下によって台詞が覚えられないといった、老いた仲代が映し出されていてショックだった。
だが、その老いに対抗して、成長することをやめない彼の厳しさもまたそこには見られた。
「線香花火が落ちるとき、パッと大きく光って落ちる、そんな人生を送りたい」
今回の演劇は、ともすれば最後の光となってもよいほどの意気込みで臨んでいるようだった。

九年前に亡くした妻の遺書を読みながら一筋の涙を流す彼の姿に心打たれる。彼の強さ、厳しさは、妻あってのものだったのだ。妻は仲代の弱さを知る唯一の存在だったのだろう。
無名塾の仲代の椅子の横には、未だに妻の椅子があり、自宅にはまだ骨が置かれ、納骨されていない。喪失感はいかばかりだったろうか。
後追い自殺の衝動にかられた自分がいた。そこから抜け出しても、まだ妻の影を追い求める自分がいる。
画面に映る仲代が「そろそろ骨を納めようか」と言った。
仲代が挑む今回の演劇は、妻からの自立の意味合いもあるのではないかと、僕は感じた。

仲代演じるキャラクターにはどこか常に生真面目さがある。そこを黒澤などはあまり評価しなかった。だけど、彼は、その厳しさ、強さにより、これほどの俳優としての地位を築き上げたのだと僕は思う。彼のキャラクターから滲み出る生真面目さは、彼の人間性や生きざまの延長に他ならない。彼は生真面目に自分の人生を歩んできた。そして生真面目に人を愛しつづける。九年前に亡くなった妻の位牌の前でやさしく語りかける彼の言葉。老いてなお新しいことに挑戦しつづけ、老いに抗い、成長しつづけようとする彼の姿勢。僕はそんな彼の生真面目さを愛する。

なんで仲代達矢という俳優に惹かれるのか。
それは、仲代達矢という人間が好きだから。

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