ISBN:4102010084 文庫 原 卓也 新潮社 1969/02 ¥420
ドイツのある観光地に滞在する将軍家の家庭教師をしながら、ルーレットの魅力にとりつかれ身を滅ぼしていく青年を通して、ロシア人に特有の病的性格を浮彫りにする。ドストエフスキーは、本書に描かれたのとほぼ同一の体験をしており、己れ自身の体験に裏打ちされた叙述は、人間の深層心理を鋭く照射し、ドストエフスキーの全著作の中でも特異な位置を占める作品である。

ドストエフスキーは賭博壁を抜きにしては語れない。「罪と罰」も、出版者からの借金と、さまざまな、自己に不利な条件を附した上で、いわば、背水の陣のなか作り出した精神の苦悩の絞り汁である。逆にいえば、彼の賭博壁がなければ、彼の名作の何作かは歴史に存在することもなかったということだ。
彼の状況描写は、いささか読みにくいと感じることもあるが、心理描写は長けている。賭博が精神に作用する高揚感、それが徐々に噴出する様は、その賭博場にあたかも自分が存在しているかのような錯覚を起こさせるほどの見事さである。特に後半、僕は小説の中の主人公となり、またドストエフスキーとなり、彼の愉悦、苦しみ、興奮を味わった。
僕はギャンブルをほとんどしたことがないが、そんな僕にも、ギャンブルの麻薬性がいかに強力なものであるか、恐ろしさとともに、誘惑に駆られずに入られなかった。突き動かされる衝動、そういう感覚をこの小説は描き出すことに成功している。ドストエフスキーの小説の中でも、かなりのインパクトを持った傑作だと僕は思っている。
ギャンブルに興じることの多い人にとっては、その魅力を余すところなく伝えている座右の書ともなろうし、その危険性を余すところなく伝うる自戒の書にもなることだろう。

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