読書 『ニッポニアニッポン』
2005年5月11日 読書〔小説・詩〕
ISBN:4101377243 文庫 阿部 和重 新潮社 2004/07 ¥380
鴇にたいする執着のバックグラウンドがその名前という一点にしか見出せないのは、恐らくは、作者が意図的に仕組んだことで、実際、鴇じゃなくてもよく、人間というものは、常に、何らかの象徴を心に作り出し、それに執着することで、楽しみ、苦しみ、生きがいを見出したり、アイデンティティなんてもののよりどころにしてしまったりする。
天皇であれ、鴇であれ、イデオロギーであれ、象徴としてそれは実在していて、実在していない。現実の虚構性と、虚構の現実性とに違いがあるとすれば、前者はその象徴の有り様を無自覚に受け取っていて、後者は疑義を呈しているという差でしかないのかもしれんな。
しかし、疑義を呈し、現実の虚構を暴いたところで、彼の生きる虚構を形作る現実性もまた、現実の中の象徴を否定するために、自己のアイデンティティのために拵えた象徴としての思想でしかないのだ。
インターネットという、いわば、虚構と受け止められかねない世界を中心に生きる引きこもりと、現実として認識されるこの社会という現状との乖離を浮き彫りにしている作品だと、僕は受け取ってる。
本編ではないが、解説の精神科医の言葉が印象に残った。
・ほんらい妄想とは、論理的徹底性の産物なのだ。臨床的にも、パラノイアが治りにくいのは、彼がわれわれ以上に、厳密に論理的な考えかたをするためだ。
論理的に考える必要のないと思えるものにまで、厳密に論理的な思考で、遠く隔たっている事象を結びつける妄想力。それは、一方で、偉大な芸術を生み出し、学問の源泉をなすが、一方で、大いなるタブーに踏み込んだり、思考のカオスを招いたりする。
だから、そのような妄想力を持ちうる者は、世間一般でいうアウトサイダーとみなされるか、自ら感ずるか、はたまた、偉人となったり、この作品の青年のような結果(犯罪)を招くことにもなる。
著者は、渋谷を舞台としたプルトニウムをめぐる攻防を刺激的に描いた『インディビジュアル・プロジェクション』で注目を集めた「J文学」の旗手。第125回芥川賞候補作となった本書は、国の天然記念物「トキ」をテーマに、日本という「国家」の抱える矛盾をあぶりだした中編小説だ。
17歳の鴇谷(とうや)春生は、自らの名に「鴇(とき)」の文字があることからトキへのシンパシーを感じている引きこもり少年。日本産のトキの絶滅が決定的であるにもかかわらず、中国産のトキによる保護増殖計画に嬉々とする「欺瞞」に違和感を抱いていた春生は、故郷を追われたことをきっかけに「トキの解放」を夢想しはじめる。その選択肢は「飼育、解放、密殺」のいずれか。「ニッポニア・ニッポン問題の最終解決」という自らが描いたシナリオを手に、スタンガン、手錠、催涙スプレーで武装した春生は、やがて佐渡トキ保護センターを目指す…。
「俺を一人にしたことを、この国の連中すべてに後悔させてやる」と決意する春生は、拠るべき場所もなく孤独にさいなまれながら生きる現代人の「いらだち」を増幅させた人物。現実と虚構との境界が崩れてしまった若者だ。本書がきわめてスリリングなのは、その虚構への扉が読み手にも開かれている点だ。春生が情報収集するサイトは、ほとんどが現実に存在する。「虚構」の象徴とされるインターネットが、本書では読み手と春生をリアルにつなぐ重要な接点となっている。読み手をたえず挑発し、いつしか作品世界へと巻き込んでしまう快作だ。
鴇にたいする執着のバックグラウンドがその名前という一点にしか見出せないのは、恐らくは、作者が意図的に仕組んだことで、実際、鴇じゃなくてもよく、人間というものは、常に、何らかの象徴を心に作り出し、それに執着することで、楽しみ、苦しみ、生きがいを見出したり、アイデンティティなんてもののよりどころにしてしまったりする。
天皇であれ、鴇であれ、イデオロギーであれ、象徴としてそれは実在していて、実在していない。現実の虚構性と、虚構の現実性とに違いがあるとすれば、前者はその象徴の有り様を無自覚に受け取っていて、後者は疑義を呈しているという差でしかないのかもしれんな。
しかし、疑義を呈し、現実の虚構を暴いたところで、彼の生きる虚構を形作る現実性もまた、現実の中の象徴を否定するために、自己のアイデンティティのために拵えた象徴としての思想でしかないのだ。
インターネットという、いわば、虚構と受け止められかねない世界を中心に生きる引きこもりと、現実として認識されるこの社会という現状との乖離を浮き彫りにしている作品だと、僕は受け取ってる。
本編ではないが、解説の精神科医の言葉が印象に残った。
・ほんらい妄想とは、論理的徹底性の産物なのだ。臨床的にも、パラノイアが治りにくいのは、彼がわれわれ以上に、厳密に論理的な考えかたをするためだ。
論理的に考える必要のないと思えるものにまで、厳密に論理的な思考で、遠く隔たっている事象を結びつける妄想力。それは、一方で、偉大な芸術を生み出し、学問の源泉をなすが、一方で、大いなるタブーに踏み込んだり、思考のカオスを招いたりする。
だから、そのような妄想力を持ちうる者は、世間一般でいうアウトサイダーとみなされるか、自ら感ずるか、はたまた、偉人となったり、この作品の青年のような結果(犯罪)を招くことにもなる。
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