うん、確かに日本のその経験則とやらにも多々合理性を見出すことが出来ますよ。

>保守派の誰か
「ほれみい、わしらのやっとることに間違いはないのじゃ。小ざかしいことをうだうだと申すな!」

しかしですね、日本のその精神力さえあれば限界を超えた力をだせるって理屈は非常に危険なんですよね。
それが僕のいう精神優越観なわけですよ。体の仕組み、人間の構造がここまで解明されてきてる現在において、科学的な見地を蔑ろにする態度は、人の肉体に価値を見出さないってことと「=」といっていーのではないでしょうか。だから、日本はもっと科学的な、肉体的なものに対して目を向けない限り、言いかえれば、精神の優越性が保たれている限り、全体的に非合理な感は否めないわね。

アメリカなんかは、精神にも肉体にも科学的な研究がなされていて、どうしても神秘性なんてものは薄れていくけど、技術の向上、個々のスポーツの進歩に限ってみれば、やっぱり合理的でしょう。

もうひとつ、僕が不満に感じるのは、日本は精神優越観を肉体的劣等性、コンプレックスのいいわけ、逃げ道にしてるように映るってことなんですな。

>保守派の誰か
「な、なにー!わしらはそんななさけない真似はしとらん!」

もし日本が試合で勝てばもろ手を上げて喜ぶくせに、負けたときは、体格やパワーの差がこんだけあるのに大和魂でこんだけ競り合った、よく頑張った。なんていつもこんなことを聞くたびに僕は釈然としない思いにかられるのですよ。

>保守派の誰か
「うくく、貴様はわしらに何をもとめておるのじゃ?日本とアメリカの練習にいったいどれほどの違いがあるというのじゃ!」

わかりました。次回からはミクロな視点からその違いを暴いていきましょうかね。

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